RWC2019 スクラムユニゾンと私の44日間
スクラムユニゾンとは
ラグビーワールドカップ2019日本大会開催期間中に訪日する外国人は、推定40万人。参加国20か国のすべての国の関係者が観戦に来ると予想されるなかで、世界から集まる選手やファンを「国歌/アンセム」をうたっておもてなしをしよう!ということで始まったプロジェクトです。
発足人は、ラグビー日本代表元キャプテンの廣瀬さん、歌手の村田匠さん、田中美里さん。さらにコピーライターの吉谷吾郎さん、そしてスタッフの皆さま。少人数で始めたプロジェクトが、日本を巻き込み、さらに世界に発信されるムーブメントになりました。
スクラムユニゾンとの出会い
SNSでみんなが「スクラムユニゾン」と発信しだしてからしばらくの頃。高田馬場にある都内唯一のラグビー専門のスポーツバー「No SIde Club」の月一回の恒例イベント「釜石ナイト」で、フィジー国歌を歌うということになっていて、面食らったのを覚えています。7月のパシフィックネーションズカップで、日本vs.フィジーが釜石で行われること、ワールドカップでも釜石にフィジーが来るから、「みんなでフィジーの歌を歌おう」とスクラムユニゾンが作成した動画で歌いました。フィジーって何語? わからない言語のカタカナ変換を追いかけるのが必至で、何もできませんでした。
本格的(?)なスクラムユニゾンは、同じくNoSideClubのイベントでした。村田さん・美里ちゃんのリードでアイルランドアンセム、スコットランドアンセムを熱唱。1フレーズごとに練習してくれる2人に乗せられて、歌える気分になり、スクラムユニゾンに興味がわいてきました。
ワールドカップが近づく9月には、関連イベントが増えてきて、村田さん・美里ちゃんと一緒に練習する機会も増えてきました。英語以外の歌詞は読み方がわからない、ロシア語やジョージア語に至っては、キリル文字が記号にしか見えない・・・・ながらも、村田さん特製の「カタカナ歌詞」を必死に追いかけながら、美里ちゃんの歌声についていきながら、何とか練習しました。
ワールドカップが始まって
開幕戦の日、ノーサイドクラブ仲間の青木さん(写真左下)が、会場内でロシアアンセムの歌詞のプリントを配布していました。スクラムユニゾンメンバーの村田さん(写真右上)にお会いして「歌いましょう」と声をかけていただきました。さらに私は”たまたま”ロシア国歌を歌うことができました(大学の語学の授業でやった)。
開幕戦の圧倒的な熱狂の中で、ロシア国歌を歌いました。ここから「スクラムユニゾンと私の44日間」が始まりました。
そして、決勝トーナメント
プール戦のうちはスクラムユニゾンの動画を見て、国歌のPDFをダウンロードし、動画を何回か見て、当日は見様見真似で歌う程度でした。それでも、会場で隣になる各チームのサポーターと一緒に歌い、歌い終わって「ありがとう」と感謝されることで、もっとアンセムを歌いたい、という気持ちになっていきました。自分なりに好きになっていきました。
そんな中、準々決勝を前に、「10/19,10/20に、会場で歌います」の告知。さらに10/19(土)は美里ちゃん+スタッフさんの少人数構成と知りました。せっかくだから、行こうかなーと思った矢先に出た1つのTweet。
「そうか、この告知を見ていない人は歌詞を持ってないのか」と思った時に、開幕戦を思い出しました。自分が青木さんから歌詞のプリントをもらったから、ロシア国歌を歌うことができた。じゃあ、今度は私が持っていこう。
そうしてダウンロードしてプリントした30枚を、歌っているちょっと外で見ている人に配布し、一緒に歌う人を増やしていきました。他にも同じように持ってきた方と一緒に配ったのですが、あっという間になくなりました。各国から来日しているチームサポータも巻き込んで、スクラムユニゾンの輪は、(会場の係員に規制されるほど)大きなイベントとなりました。
大きくなっていくムーブメントは、新横浜駅西口広場でのイベントもあり、さらに拡大。横浜では試合会場内でも、勝手にスクラムユニゾンが行われました。
そして、ついに最終日の11/2(土)決勝戦。決勝戦はイングランドvs.南アフリカの好カードとなりました。
スクラムユニゾンは、14:30~新横浜駅西口広場で、横浜市内の小学校の皆さんと一緒に両国アンセムを練習。座り席の周りに3重も4重もできる円で通行通路がふさがれるほどの大人数が集まりました。
さらに会場内でも勝手にスクラムユニゾン。
「会場にスタッフがいません。」と歌詞プリントの配布と撮影を呼びかけるスタッフTweetに応えたファンが、新横浜駅で公式に配布されていた歌詞のプリントを持ち込み、場内で配布し、スマホで様子を撮影する。みんなでつくる「スクラムユニゾン」になりました。
南アフリカ、イングランドの両サポーターも混ざって、100人を超える大合唱団でアンセムを歌い、大いに盛り上がりました。
そして、決勝戦の会場は、両チームのサポーターだけでなく、多くの日本人がアンセムを歌い、その声が横浜競技場いっぱいに広がる大合唱となりました。
ワールドカップが終わって
ワールドカップは始まる前からいつか終わる、と覚悟をしていて、ロスにはなりませんでした。ですが、これだけ活動したのに終わりを忘れていたのか、「スクラムユニゾンロス」になりました。
無意識に「ンコシ シケレリ アフリカ~」「アーイ(ル)ランド、アーイ(ル)ランド~」など、無意識にどこかのアンセムを口ずさんでいます。
なぜスクラムユニゾンが良かったのか
日本で生まれ育った私が「君が代」をうたうことができるように、各国のサポーターは自分の国のアンセムは当然歌うことができます。海外から渡航費をかけて自国の応援に来るサポーターですから、応援にアンセムを大きな声で歌います。
試合前のアンセム斉唱だけでなく、どこでも、サポーターと一緒に歌うアンセムは、お互いの距離を縮めてくれました。一緒にアンセムを歌うだけで「アリガトウ」をたくさんもらいました。
さらに、「みんなで一緒に歌うこと」の楽しさを思い出させてくれました。カラオケではなく、全員で、自分の声で、歌って伝えるの楽しさを思い出させてくれました。声を出す気持ちよさを思い出させてくれました。
そして、活動に入ると仲間が多くできました。最初は一人でもスクラムユニゾンのイベントで会うことができる仲間ができ、村田さんや美里ちゃんも仲間を増やそうと、ファンと一緒に盛り上がってくれました。また行きたい・会いたいと、イベントに足を運びました。
決勝戦の日、南アフリカサポーターに「どうして(アンセムを)歌ってるの?」と聞かれました。「おもてなし(Welcomeの気持ち)」とつたない英語で伝えました。
ですが、本当はそれだけじゃなかった。最初は「おもてなし」で始めましたが、いつか「一緒に歌いたい」になっていました。
感謝
スクラムユニゾンを考えついて行動してくれた廣瀬さん
いつだってどこだって先頭で歌ってくれた村田さん、美里ちゃん
「10ヵ国語。話せなくても、歌うことはできる。」吉谷さん
映像撮影、マネジメント他、スクラムユニゾンを作り上げてくれたすべての皆さま
スクラムユニゾンとの出会いをくれた NoSideClibさん
最初のきっかけをくれた青木さんご夫妻、いろんな会場で一緒に歌ってくださったファンの皆さま、各国サポーターの皆さま
皆様のおかげで、私のワールドカップライフは何倍も楽しいものになりました。
ありがとうございました。
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