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No.027 Bob Dylanの AutographをGet!(1)

Bob Dylanの AutographをGet!(1)

坂道をゆっくりと上がっていったバスは、高層ビルのホテルの裏口と思われる場所に止まった。10mほど後ろに、トヨタカローラを止めた。バスから次々と人が降りてくる。ホテルから漏れてくる薄暗い光りのなか、周りの白人・黒人より、やや小柄な「ひとり」が皆と同じ方向に歩いていく。不思議と、その「ひとり」を目指し、小走りに走った。彼を呼び止める。Excuse me!

1時間前、武道館の裏口、機材の搬入口と思われる近くに、トヨタカローラを駐車した。1978年2月28日だった。ボブ・ディランBob Dylanの初来日公演、武道館で既に三回、60年代のディランとも、70年代のローリングサンダーレビューのディランとも、まるで違うライブを経験していた。この日のライブには足を運ばなかった。ライブが終了して、人混みもなくなっていた。数人がなんとはなしに、余韻を楽しんでいるのか、ライブの感想でも話しているのか、明るい声で話している。

さらに、その1時間前、連れ合いの由理くんの「まっ、無駄足だろうけどね、きいつけてね」の言葉を背に自宅を出た。「ちょうどライブが終わる時間くらいに、武道館に着くな」サインをもらえる勝算はなく、マフラーをして、左手に清酒の一升瓶を肩にかけ、右手に「ボブ・ディラン全詩集」を抱えて、寒空の街に足を踏み出した。

さらに、その前日、主催者のウドー音楽事務所に電話を入れて、ディランの宿泊ホテルを尋ねた。「答えるわけないやん」由理くんの予想通りだった。では、ライブの後にストーカーするしかないな。以前に探偵の真似をした経験もない。宿泊先を教えてもらえなかったからか、俄然、気持ちが高揚していった。

搬入口にバスが停車した。車の中からだったので、はっきり見えなかったが、人が乗り込んでいるようだった。ん、あのバスの後ろを走ってみるか?バスはその大きな姿をゆっくりと動かしていった。探偵ごっこの始まりであった。今と違って、東京都心の道は馴染みがうすかった。バスの後ろを走るのに集中していていることもあり、どの辺りを走っているのか、まるで見当がつかない。時間がどのくらい経ったのかも、分からないほどだった。坂道をゆっくりと上がっていったバスは、高層ビルのホテルの裏口と思われる場所に止まった。

"Excuse me! “ ディランが振り返ってくれた。"This is a present for you, Japanese Sake.” ディランが答える。"Oh, thank you.” 歌声とはまるで違う、結構低音の野太い声で、清酒を受け取る。ライブでのあのだみ声は作り物か? "May I have your autograph?” 準備しておいた英語を使い、ボブ・ディラン全詩集の一冊とサインペンを差し出す。清酒を下に置き、無造作に本とサインペンを受け取るディラン。表紙に、左手で「Best Wishes Bob Dylan」と書いてくれた。あれ、ディランって左利きだっけ?表紙がコーティングされていて、インクの乗りが悪かった。すると、ディランこちらの手に残っていたもう一冊を手に取った。続けて本をめくり、開いた右ページ下にまたも左手で「Good Luck Bob Dylan」と書いてくれた。左手で書いたせいか?ヘタクソとも言える、味のある字だった。

“Thank you, very much!” とお礼を言いつつ、右手を差し出す。Dylan右手を出し、ややにっこりしてくれて、握手完了!すごく柔らかい手でびっくりした。今も感触を思い出すことができる。下に置いてあった清酒を手にして、先に歩を進めた仲間たちを追うように、ホテルの中へと消えていった。ホッと落ち着いて建物を見ると、ニューオータニであった。赤坂まで追いかけてきたのか。もう少し話したかったな。英語、もっとできるようにするぞ!英語の勉強の大きな刺激になった夜だった。

家に戻り、ドアのチャイムを押す。由理くん出てきて「どないやった?」戦利品を差し出すと、「ええ〜、会えたんかいな!」由理くん続けて言いました。「も一回行こ!」

・・・続く


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