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No.028 Bob Dylanの AutographをGet!(2)

Bob Dylanの AutographをGet!(2)


今日は春の兆しを感じられる夜で良かった。それでも肌寒い。次々に、綺麗に着飾った女性が、ネクタイにスーツ姿の男性が、通り過ぎてゆく。さすがに銀座の夜だ。何人かは、ジャンパーにジーンズ姿、背中をまるめ両の腕を組むこちらに目を向けるが、一瞬のことだ。おシャレが大好きな由理くんは、彼らに混じって歩いていっても大丈夫かな。でも、こちらに付き合って、寒そうに腕をこすりあわせている。銀座の有名フレンチの老舗「マキシム」、入り口のある地下一階に降りる階段のすぐそばに立って、まもなく2時間になろうとしていた。少し離れた場所に三脚のカメラを備えた、「お仲間のネクラくん」、ついさっき由理くんとつけたニックネームだ、は我々より寒さに強そうに見えた。癖なのか、右手をたびたびメガネに持っていく仕草は、緊張しているとも見えた。

ボブ・ディランBob Dylanストーカー作戦第2弾は3月4日、初来日公演最終日に決行した。第一弾と違っていたのは、由理くんが二枚のLPレコード、ディラン60年代中期の大傑作「追憶のハイウェイ61・Highway 61 Revisited」「ブロンドオンブロンド・Blonde on Blonde」を抱え、車の助手席に座っていることだった。

武道館機材搬入口近く、2月28日とほぼ同じ場所同じ時刻に、車を停めた。バスもゆっくりとやって来て、同じ場所に停まった。そして同じように、人が乗り込み、バスは動いた。あとはバスを追うだけ。バスは、武道館の坂道を降りていく。後を追って、愛車を操作する。先日は、ここを右に曲がったな。よし、記憶通りだ。大通りに出て、左に・・・。うん?直進?前日と違う道を走っていると、由理くんに告げると「違う道走ってホテル行くんとちゃう」と、呑気なものだ。

確実に違う目的地に向かっている。走っている時間も長い。バスはホテル裏口の薄暗い場所ではなく、ネオンの光りが四方八方に煌めく大通りを左に折れ、華やかな看板があふれる路地に停まった。そこが銀座の路地であることは分かった。バスを追い越し、前方少し離れた場所に、愛車を停めた。車を降り、急いでバスの方に向かう。何人かがビルに入っていくのが見え、バスが離れていく。

「マキシム」か、入っていったのは。フレンチかあ、出てくるまでに2時間は見ないといけないな。当時、クレジットカードをまだ持っていなかったし、「マキシム」で豪華なディナーを楽しむ現金の持ち合わせもなかった。由理くんはともかく、こちらのドレスコードはアウトだった。ディラン一行であれば、こちらのような服装でもオーケーだろうが。

春の兆しが感じられる夜だったが、暖かいとは言い難い。由理くんが「交番でお金借りて、マキシム入ろうか」笑った。やりかねないなあ。お喋りしながら待つこと一時間くらいだったろうか。三脚を抱えた、30歳前後と見えるメガネをかけた男性が、道路を挟み我々が立っている反対に、立ち止まった。三脚を広げ、カメラをセットしている姿格好は、新たな怪しい人登場。

プロのカメラマン?近づいていって、声をかけた。見ればわかるでしょう状況だったが、尋ねた。「あの〜、何なさっているのですか?」。こちらをジッと見返し、一言も返さない振る舞いには「あっ、どうも」と、日本語の中で最も便利な言葉とともに、引き返さざるを得なかった。由理くん曰く、「あれ(あれかい・笑)も、追っかけちゃう。お仲間のネクラくん」由理くんに座布団一枚あげてください。

20分経っても「ネクラくん」移動しない。もう一度、会話を試みようと決心して、道路を横切った。「あの〜、ボブ・ディランたちが、マキシムに入っていったんです。サインしてもらうために、ここで待っているんです」「ああ〜、知っている」知っている?「ウドー(音楽事務所)は最終日、ここで食事するんだ」

会話になったばかりか、すごい情報と言うか、マニアがいると言うべきか、世の中にはこんな人がいるんだ、学びました。ディランが出てくるところを写そうとしているわけだ。何人も撮っていると言うことだった。「お仲間のネクラくん」今、どうしているんだろう?知る術(すべ)はない。

階下から、人の声が聞こえてきた。待つこと2時間30分になっていた。先頭に階段を上がって来たのは、ライブ会場で見かけ印象に残った、ディランそっくりのヘアースタイルにサングラスの日本人男性だった。のちに、ディランのアルバムのライナーノーツなどを書いている菅野(すがの)ヘッケルさんと知る。後ろにバンドの連中が続いて階段を上ってくる。ヘッケルさんが、一向に近づいてくる二人「ジャンパーにジーンズの男」と「ネクラくん」に、右手を振り払い「ああ〜、ダメダメ」とさえぎる。

やむを得ず、二人は後ずさりして、いつの間にかやって来ていたバスに、一行が乗り込むのを見守るしかなかった。ディランが出て来た!完全にほろ酔い状態、あの独特なニヤついた顔をこちらに向けた。ご機嫌なボブ・ディラン。バスに乗り込み、ツアーでパーカッションを担当していた黒人女性を自分の膝に乗せて、wahahaha。つられて彼女も、Oh、hahaha。バスの中だったので、声は聞こえませんでしたが。

「ネクラくん」の姿は、いつの間にか消えていた。彼が盗撮に成功したかどうかは分からなかった。サインをもらえなかったのは、確実だったが。

由理くんに「残念だったね」と声をかけると、ニッコリ笑って、LP「ブロンドオンブロンド・Blonde on Blonde」を差し出した。「はい!」見ると、LP右上にサインが!いつの間に〜!うん?Rob Stonerって書いてある…。ロブ・ストーナー、この時のバンドの中心的存在で、ツアーでベースギターを弾いていた。「あの人カッコ良かったから、サインもらった」。アホな二人が追い払われているあいだに、ちゃっかりイカすお兄さんに、日本語で「サインちょうだい」と言ったのだった。ディランの手も触ったと言う。「しんくん(由理くんはこう呼ぶときもあった)の言うとおり、柔らかい手やったね」

こうして、ボブ・ディランが左手で書いたサインがある本二冊「ボブ・ディラン全詩集」と、ロブ・ストーナーのサインがあるLP「ブロンドオンブロンド・Blonde on Blonde」が我が家のタカラモノとして、本棚に収まっている。


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