見出し画像

Margo-物語と糸- #32 |『秘密の花園』を染める 8

 今回の物語はバーネットの『秘密の花園』。いよいよ最後の糸紹介となりました。「ムーア」です。


「見ててごらんなさい、今に金色のハリエニシダの花だの、エニシダの花など、ヒースの花などが咲きますから。ヒースは紫色の鈴みたいですよ。チョウが何百も飛ぶし、蜜蜂はブンブンいうし、ヒバリは高いところで鳴きますしね。そうなったらお嬢さんもディッコンみたいにお日さまが出たら外に出て、一日じゅう外で暮らしたい、って思うでしょうよ。」(『秘密の花園』より)。

 物語のなかで花園と同じくらい魅力的に描かれているのが「ムーア(荒野)」です。メアリはミセルのムーアを馬車で5マイル(8.05km)も横切って屋敷に到着しますが、冬の夜だったのでムーアはただ黒々とした恐ろしい存在でした。けれど、マーサやディッコンがムーアをとても愛しているのを見たり聞いたりしているうちに、メアリ自身もいつのまにかムーアを好きになっていきます。
 『秘密の花園』だけでなく『嵐が丘』にも登場するムーア(荒野)。色々な物語や随筆のなかに出てくるため、ずっと気になる存在でした。しかし、日本人のわたしにはどんなところか想像もつきません。『秘密の花園』を読んでみると、荒野といいつつも花は咲き、動物たちがたくさん暮らしている様子。登場人物たちの言葉や、映画のシーン、画像検索で見た写真をもとに、Margoが想像する秋から冬のムーアを染めてみました。

ガイド本となった『秘密の花園 クックブック』 
 『秘密の花園 クックブック』という本には、メアリたちが生きていた時代のヨークシャーの食文化や、料理やお菓子のレシピが紹介されています。当時の人々の食生活や暮らしぶりが伝わってきて、『秘密の花園』の良い副読本になりました。
 物語のなかでもマーサのセリフで度々出てきますが、メアリやコリンといった地主階級と、マーサやディッコンの労働者階級では、生活習慣も食べるものもずいぶん違いがあるようです。自分も子どもたちも慎ましい生活をしているのにメアリとコリンのために牛乳やパンを用意してくれたディッコンのお母さんはなんて慈悲深いんだろう、としみじみします。

 また『秘密の花園 クックブック』にはムーアのことも書かれており、ディッコン一家のようにコテージに住む人たちは、ムーアに咲くヒースのなかで1日を過ごせば百日咳が治ると信じていたのだそう。
 マーサがメアリに話して聞かせた通り、風が吹きすさぶムーアはディッコン一家にとって体を丈夫にする薬だったようです。


憧れの8月のムーア

『秘密の花園 クックブック』のまえがきで、翻訳者がヒースの花が咲く8月に訪れたムーアの印象をこう記しています。

「見わたすかぎりヒースの紫色の花が波打つように咲き乱れる、まさしく海そのものでした。自分の存在が小さなものに思えるほど、空と赤紫色の海だけが果てしなく続くその大地の広大さ、どこまでもどこまでもヒースの花が紫色のグラデーションをかもし出し、波のように連なる景色には、いつまでもたたずんでいらくなるほど惹きつけられます。」(『秘密の花園 クックブック』より)

 ヨークシャーではムーアは国立公園に指定されているのだそう。いつか、この地が一番美しい8月に訪れてみたいものです。
 またヨークシャーの南西には産業地帯があり、ムーアで育った健康な羊から取れた羊毛で毛織り物を産出しているのだそうです。実は『秘密の花園』は、毛糸とも深いつながりのある地域のお話だったようです。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?