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Margo-物語と糸- #38 |『ムーミン』を染める 6

「ムーミン」シリーズ、6つめの糸は「ニョロニョロ」です。

「ふだんは目に見えないの。人間の家の床下にいることもあって、あたりがしずまりかえった夕ぐれに、ニョロニョロたちの歩きまわる音がきこえたりする。でもたいていは世界じゅうを放浪していて、どこにもおちつくことはないし、なにひとつまわりのことに関心をもたない。ニョロニョロがよろこんでいるのか、おこっているのか、かなしんでいるのか、おどろいているのか、だれにもわからないのよ。感情というものがまったくないんじゃないかしら」
(『小さなトロールと大きな洪水』冨原眞弓/訳 講談社文庫より)

変わった生き物しか登場しないムーミンのお話のなかで、「謎の生きもの」とされているのがニョロニョロです。目はあまりよく見えてないし、言葉も理解せず、ずっと遠くをにらんで、どんどん進んでいくだけ。ママの説明によると、感情も持っていなさそうです。

 ニョロニョロたちは年に一度、夏至になるとある島に集まってきますが、『たのしいムーミン一家』では、その集会に偶然遭遇してしまったムーミンたちのドタバタエピソードが楽しいです。
 また『ムーミン谷の夏まつり』では、公園番を襲撃するスナフキンがニョロニョロのたねを武器に使います。スナフキンによると、ニョロニョロは夏まつりのイブに種をまくのが肝心で、生まれたたてのときは特別に電気をもっているのだそう。何も知らない公園番のおじさんは生えたてのニョロニョロの大群に足を踏み入れてしまい、とんでもない目に合うのでした。
 『たのしいムーミン一家』や『ムーミン谷の夏まつり』の挿絵では、大群のニョロニョロたちがトーベの精彩な絵でユーモラスに描かれており、Margoのふたりはその絵が大好き。なので今回はそんなトーベの絵をイメージしてニョロニョロを染めました。オプションとして、蛍光イエローを配した雷で発光したバージョン「ニョロピカ」(岡部命名)と、蛍光イエローのミニカセも用意しています。

なんとも不思議な人気もの
 ムーミンの小説シリーズ9冊のなかで、ニョロニョロほど不思議な存在はありません。結構な確率でそれぞれのお話しにでてきており、トーベがシリーズのなかで一番初めに書いたという『小さなトロールと大きな洪水』にも登場しています。このお話しでは、ムーミンとムーミンママは行方不明のムーミンパパを探す旅を続けていますが、パパ出奔のきっかけはニョロニョロでした。パパはニョロニョロたちに触発されて、家を飛び出し冒険に出てしまったのです。

 一方『ムーミン谷の仲間たち』のなかに「ニョロニョロのひみつ」という短編があり、そこではパパがニョロニョロたちと旅する様子が描かれています。お話しの終わり方が違ってはいますが、『小さなトロールと大きな洪水』のパパサイドのお話しのようにも読める内容でした。
 だがこれが、何とも不思議な一編なのです。ニョロニョロは感情がないとされていますが、行動や表情や目の色が何か意味ありげに見えるし、船に乗り陸に上がるなど行動するため、ちゃんと意思をもっているようにも見受けられます。そこでパパはニョロニョロに話しかけたり気遣ったりするのですが、これがまったく手応えなし。パパの話を理解してくれてるのかさえ、まったく分かりません。そして、一緒に旅した3匹を特別に思っていたのに、いったん他の大勢のニョロニョロと混じってしまうと、旅の仲間だった個体を見分けることもできないのです。あるようで無い、無いようである、ひとつもたくさんも同じ、といった感じで、まるで禅問答。一緒に旅することに意味があるのか分らなくなってしまい、いつのまにかパパもニョロニョロのように虚ろになってしまうほどでした。

 ムーミンはニョロニョロについて「パパがいってたけどね、ニョロニョロたちは、どうしても思ったところへいきつけなくて、いつもどこかをあこがれているんだって……」と仲間に話しています(『ムーミン谷の彗星』)。冒険家のパパがうっかり一緒に旅に出てしまったのも、ニョロニョロのそうした部分に共鳴したのかもしれませんね。いや……、でも……、待てよ? 実はそれはニョロニョロのことではなく、ニョロニョロに映し出されたパパ自身のことなのかもしれませんね。だってニョロニョロ自体は空っぽなのですから。「ニョロニョロのひみつ」を読んだせいで、わたしもいろいろ考えてしまうのでした。やはりニョロニョロは不思議な存在です。

 ところでニョロニョロという名前は日本のオリジナルであることをご存知でしょうか。原作ではhattifnattarna ハッティフナット というそうです。公式サイトによると、コミックスのニョロニョロは少しキャラクターが違っていて、スーツケースを持ってムーミン屋敷を訪ねてくるのだそう。絵本の『それからどうなるの』でもカップ&ソーサーを持っている姿が見られます。小説のイメージとはまた違うのも面白いですね。

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