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Margo-物語と糸- #36 |『ムーミン』を染める 4

物語をうつすMargoの手染め毛糸。『ムーミン』の4色目は、「冬の夜」です。

 ムーミントロールも、鼻をもちあげて、きらきらかがやいているオーロラをながめました。おそらく、ムーミン一族でオーロラを見たものは、ほかにはないでしょうね。オーロラは、白と青と、あかるいみどり色をして、風にふるえるカーテンのように、空に長くたれさがっていました。(『ムーミン谷の冬』山室静 訳/講談社文庫より)

 いつもなら冬眠しているはずなのに、春が来る前に目が覚めてしまったムーミンの冒険と成長を描く『ムーミン谷の冬』。ムーミンがおしゃまさんと出会ってオーロラを眺めるシーンはとても素敵ですが、その一方で、雪に包まれた夜のムーミン谷をたった一人歩く場面は、寂しさや怖さ、夜の闇の深さが深々と伝わってきました。この糸はムーミンが雪の夜に一人歩いたであろう「冷たくてとことん昏く、けれど非現実的なまでに美しい」北欧の夜をイメージしています。

大好きな夏と冬の物語
 ムーミンの小説シリーズ9冊のなかで、わたしのお気に入りは『ムーミン谷の夏まつり』と『ムーミン谷の冬』です。タイトルの通りこの2冊は夏と冬の物語であり、北欧の輝く夏と厳しい冬が伝わってくるお話になっています。夏の物語を「陽」とするなら、冬の物語は「陰」。ストーリーはまったく連動していないのですが、わたしにはこの2冊が一対であるように思えてなりません。

 映像や本で見る北欧の夏は、草花が咲き乱れ、心地よい風と緑と陽の光を享受する喜びに満ちていて、見ているこちらも心が浮き立ちます。何かの映像でスウェーデンの夏至祭をやっていて、お花を編んだ冠を頭に乗せて、輪になってスキップしている人々を見たときには、素敵すぎて倒れそうになりました(それ以来、スウェーデンの夏至祭に行くのが夢のひとつです)。
 『ムーミン谷の夏まつり』もまた、そんな北欧の夏の喜びが背景にあるせいか、家ごと洪水に流されて漂流しても、家族がバラバラにはぐれても、どこまでも明るく呑気で希望が感じられるお話になっています。スナフキンが公園の見張り番を攻撃したり、ムーミン一家がお芝居してグダグダになったり、おもわず声を出して笑ってしまうほど愉快なシーンもたくさんあります。

美しく厳しい冬を冒険する
 そして、そんな夏の物語の対極にあるのが、『ムーミン谷の冬』です。『ムーミン谷の冬』の何が素晴らしいかというと、まず厳しいはずの冬の描写がとても美しいことでしょう。おもわずうっとりと読みふけってしまいます。

 また、いつもは冬眠しているのに目覚めてしまったムーミンが、はじめてムーミン谷の冬を知る様子が良いのです。暖炉で暮らしているご先祖様に会ったり、夏の楽しいサマーハウスが冬に活動する生き物たちの居場所になっているのを知ったり。風景も出会うものも遊びもすべてがいつもと違っていて、よく知っているムーミン谷とはまるで別世界。知らない土地に旅をして、冒険をしているかのようなのです。

 もうひとつ大事なことは、それが一人旅であること。親友スナフキンは南の国を旅しているため不在だし、ムーミンパパもムーミンママもスノークのおじょうさんもみんな冬眠しており、ムーミンは一人ぼっちです。ミイは唯一起きて活動していますが、自由気ままに遊んでいるだけで、ムーミンの側にいて相手をしてくれるわけではありません。結局のところ、ムーミンはすべて一人で解決せねばならない状況なのです。『ムーミン谷の冬』という物語は、家族や親しい友人と離れ、見知らぬ他者と助け合いながら厳しい環境を乗り越えていくムーミンの成長譚でもあるのです。

 また、冬に活動する動物は静かさを好む子たちが多くて、元気で声の大きいいわゆる〝陽キャ〟のヘムレンさんがみんなから敬遠されているところも面白かったです。冬のムーミン谷では、運動好きもおしゃべり好きも「変わり者」扱い。季節が変わるだけで価値観が一変してしまうのも面白いですね。とはいえ、明るく元気すぎて嫌われてしまったヘムレンさんのことを慕っている子もちゃんといて、それがとてもいい。ムーミン谷ではいつでもそれぞれがそれぞれ自分らしく過ごして、ちゃんと肯定されて生きることができるんだなあ……と嬉しくなりました。

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