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約16年を経て音源化された、「このキモチ」で伝えたいこととは

インタビュアー/須永兼次

――まずは「このキモチ」という楽曲の着想や、生まれたきっかけから改めてお聞きしたいのですが。

大津美紀 この曲は、実は2006年に作った曲で。コミックからアニメ化された『僕等がいた』という作品の挿入歌の候補として、作品からインスパイアされて生まれた曲のひとつなんですよ。そのとき挿入歌として採用されたのは「星を数えるよりも」という楽曲だったんですけど、コミック自体もすごく読み込んで「いいな」と感じてもいましたし、作品の「人を好きになって、心がすごくグラグラする」というテーマみたいなことって誰しも経験することなんじゃないかな? と思っていて。そういうシンプルなことを歌っているこの曲が私は好きで、その後もライブでは歌い続けていたんです。

――出発点こそ作品にあてたものではあったけど、中に込められたものをご自身としても非常に気に入られていたんですね。

大津 はい。普通はボツになった曲なんて、あんまり人前で歌ったりはしないんでしょうけど……(笑)。それぐらい、思い入れのある1曲なんです。それで、私が今年活動25周年を迎えるというタイミングで、この曲を音源化することにしました。

――他にも音源化されていない曲もあると思うのですが、「このキモチ」を選ばれたのはなぜですか?

大津 まずひとつは、私自身音楽活動ができない時期があり、ファンの人たちに申し訳なさを感じていたこともあったので、ファンの人たちとの思い出の曲を形にしたいという気持ちが生まれたのが理由です。それと、この数年はコロナ禍の影響もあって、人と人とが関わり合う形がちょっと変わったりしたじゃないですか? コミュニケーションが難しくなったりもしていますけど、それでも一人ひとりが持っている気持ちや感情をきちんと伝えていくことって大事だなことだなと改めて思ったんです。そういう想いとこの曲の歌詞の世界が、ちょっとリンクしたというのも理由のひとつでもありますね。

――前々からあった楽曲ということで、レコーディングにあたってリアレンジやブラッシュアップもされたと思うのですが、そういった制作の部分ではどんな事を大事に進められていきましたか?

大津 この曲が生まれた当時は、ピアノと歌とコーラスでデモテープを作っていまして。それが結構“THE・バラード”みたいな感じのものだったんです。でも今回のリアレンジにあたっては、あまり重たい感じにはしたくなかったんですよ。

――それは、なぜですか?

大津 やっぱりこの曲のテーマって、人を好きになって「どうしよう? どうしよう?」と不安を感じている気持ちを表現しているところだと思っていまして。そういうものを含めて「人を好きになる」ことや心が揺れ動くこと、人との関わり合いのなかで信じ合えたり通じ合えたりという出来事自体は、すごく素晴らしいことだと思っているんですね。なので、繊細な心の動きを歌ったバラードではあっても、全体的なトーンとしては明るい印象を持ってもらえるものにしたい。そういうイメージを持って歌い方もいろいろ工夫しましたし、サウンドの面でも爽やかな感じになるようなアレンジをヒラセドユウキさんにお願いしました。

――爽やかさに加え、人を好きになることの暖かさみたいなものも、歌声・楽曲の両方から感じました。

大津 すべてがハッピーエンドに至るわけではないにしても、やっぱり、人を好きになれることって、本当に素晴らしいことだと思うんですよ。なので最終的にはそれが「いいことだよ」「素敵なことだよ」と伝えたかった、というのはあります。

――終盤になるにつれて非常に美しく重ねられたコーラスにも、そういった想いは反映されているのでしょうか?

大津 そうですね。元々デモテープの段階からコーラスは厚めに入っていたんですけど、やっぱり最終的には不安な思いを抱えながらも希望の匂いがする、ハッピーな歌にしたかったので、後半のコーラスの厚みでその幸せ感を表現したというのはあるかもしれません。

――また、最初のフレーズから相手について「知りたい」でとどまらずに「知ってほしい」までいってしまうあたりからも、思春期のような年齢感を感じます。

大津 そうなんですよ。なので、ちょっと歌うのが照れくさかったんです(笑)。やっぱり作ってからかなり年月も経っているので、そういう思春期的なニュアンスの曲を今の私が歌ってもいいのかな? という迷いもなくはなかったんですよ。でもこれ以上先になるともっと大変だろうから、今のうちと思って(笑)。だから、若い方にも聴いていただけたら嬉しいですね。

これからも長く愛される、“人間味”を感じられる楽曲に

――先ほど、歌い方でもいろいろ工夫をされたとおっしゃられていましたが、この曲ではどんなことを大事にされていったのでしょうか。

大津 これはライブでも共通することなんですけど……やっぱり、「かっこつけない」というところでしょうか。特にこの曲は、不安や葛藤をすごくストレートな歌詞で表現しているので、かっこつけて歌うと嘘っぽくなってしまうと思うんです。だから偽らずに、まっすぐ歌う。そうすることで、そういう弱さを持っているという人間味みたいなものが伝わればいいなぁ……って。だから、技術的には上手に歌えていたとしてもあまり心に引っかからないテイクはNGにしたり、逆にあまり声が出なかったり音程がちょっとズレちゃっていても、嘘のない、人間味みたいなものを感じられればOKにしたり。そのあたりのジャッジには、結構時間を要しました。

――そうやってレコーディングされたバージョンが、先月・8月6日から配信開始となりました。

大津 すでにファンの方から少しずつお褒めの言葉を受け取っているので、これからさらに広まっていってくれたらいいなぁと思いますね。

――そしてこの曲のジャケット画像も、先ほどおっしゃった“爽やか”という楽曲イメージと結びつく、ブルーが映えるものとなっています。

大津 ジャケット画像は、長年ご一緒させていただいているイラストレーターのタナベサオリさんに描いていただきました。ただ、実はこの曲、2006年にデモテープを作ったときに個人的にそれをそのまま販売していまして。そのときのジャケット画像とは、また違ったものになっているんですよ。

――どのような違いがあるのか、改めてお話しいただけますか?

大津 そのときのサウンドはバラード感がより強かったので、背景がグレーでシックな感じのするイラストで。そもそも描き下ろしではない作品を「この曲にぴったりなので使わせてください」とお願いをして、ジャケットに使わせていただいたんです。それを描かれていたのが、タナベサオリさんだったんですよ。そもそも私、彼女の絵に一目惚れしまして。「自分と一緒に活動してくれる、猫を描く人はいないかな?」と思ってインターネットで探したときに一目惚れして……それが、2006年のことだったんですよね。

――では、ジャケットを新しくするにあたって、大津さんから何かリクエストはされたのでしょうか?

大津 猫がハートをすごく大切に持っているというモチーフはそのままにしつつ、それ以外の部分は「サオリさんが曲を聴いた印象で、ご自由に作ってください」とおまかせしました。そうしたら、全体的にブルーの背景になってより爽やかな世界観になりまして。サオリさんは「ブルーの色が複雑に重なっているというところで、曲から感じた繊細さを表現した」とおっしゃっていたんですけどね。

――その猫の目も、以前は閉じていたものが今回は開いているので、自分の中だけで大事にハートを抱えているところからその気持ちを伝える、と変化したようにも感じました。

大津 そうですね。で、空に浮かんで雲の上に乗っているというところに、上から見てるみたいな(笑)。そんな、「ひとりで」じゃなく、「みんなで気持ちを共有したいなぁ」みたいな、あたたかな世界観に仕上がっていると思います。

――ただ、そこまで細かくオーダーされなかったというのは、長年タッグを組まれているからこその阿吽の呼吸のようなものもあるのでしょうか?

大津 おっしゃるとおりで(笑)。サオリさんとお仕事するときはこれまでも必要最小限のことだけをお伝えして、あとは彼女の持つ素晴らしい感性に任せているんです。

後編へ続く


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