間違ったライトノベルの書き方 / 間違った序章


0-1○間違った自己紹介

 低収入のみなさんコニャニャチワ!(※1) いやいや、まじめにやろう、こんにちは。私の名前は Mikhail Sorge(※2)。どこにでもいるライトノベルが大好きなごく普通のCaucasianだ……ああ、このフレーズ! 一生に一度でいいから使ってみたかったんだ、〈ごくごく普通の~〉とか〈どこにでもいる平凡な~〉とか、漫画やアニメやライトノベルの主人公の名前にしばしば冠される[どこまでも日本的な、どこまでもライトノベル的な]修飾節を。まさか自分の文章でこのフレーズを使うことができる日が来るとは思っていなかった。つまり、この瞬間、ごくごく限定的な側面において、私は私の最も尊敬する[ぶん殴りたいほど愛おしい]キャラクターである、高坂京介(※3)氏に肩を並べたと言えなくもない。

 俺(ルビ:おれ)の名前は、高坂京介(ルビ:こうさかきょうすけ)。近所の高校に通う十七歳。

 自分でいうのもなんだが、ごく平凡な男子高校生である。  

(※4)

 おお、シビレル! これ以上ないほどに秀逸な[ファンタスティック・ファンタジーな]自己紹介だよね。よく知られているように、多くのライトノベルは主人公の一人称視点で構成されている。つまり、その物語における〈俺〉は、他の誰でもない、自分自身の手によって世界を描き、過去と未来を繋ぎ、愛と欲望を語らなければならないという責務を背負っている。いや、読者によって背負わされるわけだけれど、上記の引用からは、その重責に対する明確な覚悟が匂い立つ。〈自分でいうのもなんだが〉って、そりゃそうだよ、自分が語るより他に武器は持ってないんだから! 
 物語上の〈俺〉の悲劇は、世界が彼の視点によってのみ構成されるがゆえに、常に彼が彼にとっての正解を得てしまうという点より発する。一人称視点の主人公は、決して間違えられないのである。シナリオ上、不可避なかたちで、純然と、敢然と、毅然と、間違えなければならないシーンを従順に踏破することも含めて、間違いを許容されない宿命を抱えている。そんな息苦しい状況に陥ってしまったら、そりゃ〈なんだって?〉(※5)と聞き返したくもなるよね。あれは同じ境遇を強いられる主人公たちの悲憤を代弁しているものと私は読む。「わかってるさ、間違えりゃいいんだろう? ほらよ!」と言わんばかりのヒロイズムは、読み返すたびに私の涙腺を熱くする。
 もちろん、泣いてばかりもいられない。こうして自分のテキストを発表する機会に恵まれた以上、そして〈どこにでもいる普通の~〉と私自身を定義した以上、私もまた覚悟を決めなければならない。手元で確認できる範囲での数字だが、私の蔵書中、173タイトルの主人公たちは、物語のごくごく冒頭で〈普通〉を標榜していた。漫画も含めたら、あるいは主人公だけではなく登場人物の紹介場面にまで範囲を広げたら総勢587名の〈普通〉氏が存在した(※6)。ここからはインチキな統計になるが、私のまだ見ぬ作品群が日本には相当数ある以上、おそらくは数十倍、あるいは未来の作品たちも想定すれば、数百倍の〈普通〉を着させられた主人公がいるように推測される。彼らは今日も明日も自身を〈どこにでもいる~〉と自己定義し、〈平凡な~〉と自己紹介し、〈普通〉という名の自己犠牲に身を投じる。
 いや、別にそれでいいんじゃない? 読んでいる分には楽しいし、だいたい、そっちのほうが読みやすい。誰も彼もがアレクセイ・イワーノヴィチ(※7)だったら……彼の生き様は本当にカッコいいけれど……読者も胃もたれしちゃう。〈普通〉はいつだって愛おしい。読み手に強いるものも少ない。だから、別にとやかく言う問題ではないんだ……という意見があれば、私は否定しない。私にしたところで、一読者でいることが許されるのなら、そっちがいい。遠く海の向こうで連日のように出版されるライトノベルをAmazonでポチポチしながら、辞書片手にゆっくり読む日々が約束されるのならば、何も不満はない。
 でも、それじゃあ、ダメなんだ。私は立ち上がらなければならない。〈どこにでもいる普通の〉私が愛する、ライトノベルを守るために。

0-2○間違った目的

 待ちきれない読者のために、このテキストの目的を簡潔に記そう。それは[間違ったライトノベルの書き方]を伝えることだ。[間違った]は[ライトノベル]を修飾すると同時に[書き方]にも係る。いずれにせよ言わんとすることは確かで、このテキストをどこからどう読んだとしても、書かれた内容に沿って編み出されたテキストは、必ずや正しいライトノベルではなくなる、という部分がポイントだ。もちろん、これを読んだ上で書いてみようと筆を執ってくれる人がいれば、という話ではあるけれど、そんな奇特な人間なんているわけ……いいや、ひとりだけいる。私だ。私が書く。そう、正直に告白しよう。[間違ったライトノベルの書き方]を私が伝えたい相手は、他でもない、私自身なのである。
 今から10年前の春、私は3年の歳月を費やして書き上げたライトノベルの原稿を、日本のある出版社が主催するコンペティション(※8)に投稿した。結果は一次選考すら突破せずに落選。応募作すべてに講評を添えて返してくれるというから、それだけは楽しみにしていたんだけど、書かれていた言葉は短く〈規定違反につき落選〉。落胆というより困惑したよね。いったい何が規定違反だったのだろう? 中二病っぽい演出を狙って登場人物の名前をすべてキリル文字で表記したのがまずかったんだろうか? それともクライマックス付近からページの地色を真紅に染め上げて、白抜き文字で印刷しちゃったのがよくなかったのか? あるいは……ひどく単純なミスだけど、ひょっとしてひょっとすると文字数を間違えたのかな?
 まあいいんだ。ホイッスルを鳴らされた瞬間に、自分が何をしでかしちまったかわからないような手合は、最初からお呼びじゃないんだぞと私は自分を説き伏せた。ただ、それで諦められるようなら、そもそも小説を書こうとなんかしない。私のライトノベル魂は、一度の落選ぐらいでは燃え尽きるわけもなかった。
 私はすぐに着手した……次の小説を書き出すのではなく、まずはライトノベルを、そしてライトノベルを含む日本の文化そのものを、深く理解するための作業に、その身を投じたのである。

 それは、思考を紡ぐたびに自己否定がサッと結論に浮かび上がる、どこまでも絶望的な作業となった。だが、辛いという理由でその作業を断念してしまっては、私はいつまでもライトノベルを書き上げることができない。底なしの絶望を鯨飲馬食しつつ、敬愛すべき日本文化に全力で向き合いながら、私はライトノベルに関連するいくつかの文献を紐解きながら、並行して自分の書いた草稿をじっくり読み直した。やがて、愚昧な私も出会うことができた。そう、私の小説はライトノベルではないという真実に。
 ライトノベルではないならなんなのかということになるけど、結論から言えば私の文章は小説と呼ぶにはあまりにもマリオ・プーヅォ分が不足していた(※9)(マリオ・プーヅォ分は『ゴッドファーザー』(※10)を読むことで補給できる)。ということは? 絶望でクラクラしていた私の頭が導いた推論は、もしかしたらもしかすると……私のテキストは[反]ライトノベルなのかもしれないという仮説だった。[脱]ライトノベルではないことは確かだ。なぜって私の文章はライトノベルのレールの緒すら見つけられなかったのだし、つまり脱線することすらできなかったわけであり、その意味で言えば[未]ライトノベルとも違う。このまま成長を続けたところで、私の原稿はライトノベルにはなりようがない。[非]ライトノベルであることは確かだが、より性質を的確に表すとするならば、やはり[反]がふさわしい。狙ってやっていたわけではないが、名作と呼ばれるライトノベルの諸作品や関連書籍を読み耽るうちに、私は私がライトノベルの王道とも呼ぶべき、[正しいライトノベル]に至る方法論の、反対の道ばかりを進んでいたことを悟ったからである。
 これはある種の発見なんじゃないかな? 私はそう考えた。私の犯した間違いが、正しさの反対を突き進んでしまったことに起因するのだとすれば、つまり[反]ライトノベルを描いてしまった失敗によるものだとすれば……その間違いを一度きちんと文章化してみるのはどうだろう?
 私の気づいた間違いを、整理する意味もこめてしっかり書き記す。うん、今「誰得?」って思った? その指摘は正しい。実際ひどかった。書き上げた文章や、それ以前の構想しては捨てたプロットたちを改めて読みなおしてみたんだが、これがもう、吐きたくなるぐらいひどすぎた。どうして過去の私は冒頭からおよそ80ページまで延々アメフト部のメンバーたちが「俺の考えた宇宙人」を発表しあうシーンなんて書いちまったんだろう? なぜハーレムモノの構成員が全員リアル牛なんだ? それならせめて主人公をカウボーイにしろよファック昔の私! 何をどうしたらビバリーヒルズを舞台にベトナム帰還兵たちがフットサルなんかしちゃうんだよ! しかたないだろ、そのときはおもしろいって思ったんだから!
 ご理解いただけただろうか? これ以上列挙すると私の精神がさらなる絶望に侵されるからやらないけれど……どれだけ私にセンスがないかは、よく伝わったと思う。こんな人間の抱くライトノベル観が、どれほど間違っているかもわかってくれたと思う。

 だから、私はこれから[間違ったライトノベル]について、たっぷり論じようと思う。そして[間違ったライトノベル]をゲップが出るくらい味わうことによって……逆説的に[正しいライトノベル]像を描き出すチャンスにしたいと考えている。つまり、それが、このテキストの目的なのである。
 これからはじまる文章の使い方はこう。全部読んだ上で[ここに書かれていないこと、あるいはここに書かれていることとは逆のこと]を考察し、実践する。そうすれば、そのプロセスを経て書かれたものは……いささか以上に私の願望混じりの推論でしかないけれど……多少は[正しいライトノベル]に近づくに違いない。

 おっと、忘れるところだった。このテキストは、私の盟友であるショウヘイに訳してもらっている。ショウヘイはだいぶ昔にコミケで私をアテンドしてくれて以来の仲なんだけど、基本的に私はショウヘイのセンスを信用していない。だって信じられる? 「裕作(※11)はとっとと響子(※12)さんを押し倒すべきだった」なんてほざく(※13)人間を? したがって、私の言葉が適切に翻訳されるかどうかについては若干の不安を禁じ得ないわけだが……もっとも、ショウヘイの度外れた獣性については畏怖にも似た尊敬の念を抱いていることは確かだ。コミケを楽しみ尽くした後、ビッグサイト最寄りのヴェローチェで改めて意気投合した私とショウヘイは肩を組んでアイスココアを飲み干し、そうして私は叫んだんだ。「気に入った、ウチに来て妹をファックしていいぞ!」って。そうしたら……驚いたよね、一年後、本当にショウヘイは妹と一戦交えてくれた(※14)んだから! おかげで長らく[キリノ(※15)原理主義者]だった妹は、すっかり[黒猫(※16)派]に改宗してくれた。そこだけは感謝しなけりゃならないと思っている。


※1 1996年5月26日、愛知県豊田市白浜公園にて開催された中京テレビ野外イベント“ROCKじゃん!!”に出演した電気グルーヴが「誰だ!」を演奏する際、イントロ中に石野卓球がマイクパフォーマンスとして発した一節からの引用である……と僕は現時点で結論づけるが、確証はない。この一文を訳出するのに僕は3ヶ月を要した。いや、原文だけを見る分には、誰であっても数十秒で日本語に変換できるレベルなのかもしれない。そこには“Tei-Shu-Nyu-no Minasan, Konyanyachiwa!”とあるだけなのだから。ただ、それでは良質な翻訳とは呼べない作業になってしまう……と考えたのが、仇となった。まさかこんなにメンドウなことになるとは。以後、原書中に含まれた[元ネタ]は、僕がそれを(それを引いた彼の意図を)見出だせない限りは、表層的な訳出に留まるつもりである。ついていけない、というのが本音だ(彼に確認したくとも、それももう叶わないし)。
※2 おそらく偽名。本稿を彼の作品であるとするならば、筆名。
※3 伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(電撃文庫、2008年~)シリーズの主人公。
※4 伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(電撃文庫、2008年)14ページより引用。
※5 平坂読『僕は友達が少ない』(MF文庫J、2009年~)シリーズの主人公、羽瀬川小鷹の有名なセリフ。
※6 この箇所に限らず、本稿で語られる数字は僕の立場では確認ができていない。翻訳に際してファクトチェックをすべきとは思ったものの、著者の蔵書をすべて把握しているわけではないし、よしんばタイトルを教えてもらったところで、数千冊を凌駕する漫画やライトノベルを取り寄せて、すべてのページを繰って存在を確認しカウントするような真似は、現実的に不可能だからだ。なので、数字については「そういった説がある」程度に受け止めてほしい。間違っても信じ込んで、よそで吹聴するような真似は控えて……くれなくとも構わないが、僕も彼も責任は負えないし、負わないことを、この段階で断言させていただく。
※7 ドストエフスキー『賭博者』の主人公。
※8 著者が投稿した作品の内容含めて、どこの出版社が主催したコンペティションなのか、はっきりとした記述は原書中になかったため、不明。ただ、年代から逆算してゼロ年代中盤に存在したライトノベル系コンペティションだと仮定すると、当時から「応募作すべてに講評を添えて返してくれる」というスタンスをとっていたものとして、株式会社メディアファクトリー(現在は株式会社KADOKAWAに吸収合併され、ブランドとしてその名を残す)が主宰する「MF文庫Jライトノベル新人賞」が思い浮かぶ。今ではさして珍しくもない「すべての応募作への講評」だが、ゼロ年代中盤では、新機軸の施策だったと記憶している。
※9 あずまきよひこ『あずまんが大王』(アスキー・メディアワークス、1999~2002年)の登場人物である水原暦のセリフ「シュークリーム分が不足してきた」のパロディか。
※10 映画化もされたマリオ・プーヅォの代表作。邦訳は早川書房から上下巻(一ノ瀬直二訳、ハヤカワ文庫NV、2005年)で出ている。
※11 高橋留美子『めぞん一刻』(小学館、1980~1987年)の主人公、五代裕作のこと。
※12 高橋留美子『めぞん一刻』(小学館、1980~1987年)のヒロイン、音無響子のこと。
※13 言ってない。
※14 交えてない。
※15 伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(電撃文庫、2008年~)シリーズの主要登場人物。主人公である高坂京介の妹。
※16 伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(電撃文庫、2008年~)シリーズの主要登場人物。主人公である高坂京介の妹ではない。

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