”富山”の立野
四日前の7月27日、まだ試合開始までニ時間あるにも関わらず早めに小矢部球場入りすると、昨日の雨天中止代替え試合で好投した立野和明投手が、目に留まった。
右手を差し出し、
「8回3安打13奪三振、素晴らしいピッチングでした。」
と声を掛けると、その右手を両手で包みこみギュッと握り返し、
「ありがとうございます。」
と目尻を下げ、微笑んだ。
「岩室捕手だと投げやすいですか?何度かサインに首を振るのを見ましたが。」
と訊ねると、
「育ててますから。」
とニヤリ。
「(チームのために)ありがとうございます。次回も楽しみにしています。」
と会話を交わした。
四時間前、その立野投手が富山GRNサンダーバーズ退団と現役引退を発表した。
先発投手の所謂”あがりの日”、彼はスタンドや場外に飛び込んだファールボールを回収したり、選手のグッズ売り場で呼び込みをしたり、観客と同じスタジアムシートに座りチームメイトのプレーをジッと見つめたり、チーム唯一のNPB経験現役選手と思えない程、気さくで人懐こい、気持ちの良いプレイヤーだった。
何度か足を運んだチーム合同練習でも、ピッチャーゴロ処理のフィールディングは抜群で、特にセカンドへの牽制球練習ではどの投手よりも煌めいていた。
カレーが好物と耳にし、金沢カレーのレトルトを差し入れたら、「昼飯で美味しく頂きました。」とホントに美味しかったんだろうなと伝わってくる満面の笑顔。
独立リーグはタイムリーヒット賞やHR賞、勝利賞など球団側から提供されるチームもあるが、富山GRNサンダーバーズはそれが無いので、個人的に今年は活躍した選手に贈ることにしている。
立野投手にそれを訊くと、決まって
「球場に来て応援して下さるだけで充分です。」
と応える。
26歳。
大学卒業してニ、三年目。青年が終わり、成年になる頃。
パブロ・ピカソが『アヴィニョンの娘たち』を描き、沢木耕太郎がバックパッカーとしてユーラシア大陸に渡り、マイケル・ジャクソンがUSA for Africaで熱唱した歳。
いつかどこかの球場でまたお会い出来る時が来たら、伝えたいことがある。
「最後に富山を選んでくれてありがとう、富山の立野。」
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