見出し画像

小説日本国憲法4-2/新憲法の反応

3月7日。2月1日以来完全沈黙を守っていた毎日新聞が一面全部と二面全てを使って「憲法草案要綱」を掲載した。同時に陛下のお言葉、マッカーサーの賛辞、そして幣原総理の謹言を載せた。全国すべての新聞が同じように憲法草案について記事にした。

これを呼んだ人々は驚愕した。2月1日に毎日がスクープした「松本案」とは、まったく別物だったからだ。驚いた後、ある者は激怒し、ある者は喝采を上げた。 全体としては概ね好評だった。翌日の新聞を見ても「天皇の象徴化」「戦争放棄」が、意外なほど物議を醸さなかった事がわかる。 しかし海外メディアは、そうはいかなかった。 一斉に「陳腐な理想論」「その場過ごしの目晦まし」と書いた。中にはGHQの関与を疑うものも有った。日本では、こうした反応は稀だった。各党は賛成を示した。唯一共産党だけが断固反対の姿勢をしめしていたが。

これらについて、3月18日付けで外務省総務局が「憲法草案要綱ニ対スル内外ノ反響」という報告書を出している。同報告書は、全体を四つに要約している。
①従来の政府案との懸隔があまりにもはなはだしいため、奇異に感じ、またその成立経緯に関して、好奇心を抱いている。
②草案の表現方法が難渋で翻訳調的な印象を与え、また「戦争放棄」なる特異な規定からして、自国の憲法というよりも条約憲法という印象を与えている。
③天皇存置制度と主権在民思想の調和に一種の安堵感を与えられた。
④あまりにも立法府に優位を与えすぎたのではないかと危惧感がある。

その日の夕方、総理官邸に幣原と吉田、松本が集まった。
「なんともはや・・驚きです。」
開口一番、松本が言った。
「これほどまでに世論が賛意を示すとは・・私は何のために抵抗を続けてきたのか?暗然とします。」
「いずれにせよ。最悪の事態は避けられた。それで善しとすべきなんでしょうな。いまは後人を俟ちましょう。」幣原が言った。そして吉田に聞いた「GHQはどうですか?」
「彼らの関心は、すでに総選挙と極東裁判に移っております。とくに選挙に臨んで、この憲法草案を候補者がどう肴にするか。彼らは強い関心を抱いています。」
「私も、それを危惧する。」
「その結果次第では、GHQは選挙そのもののやり直しも辞さないと考えます。」
「・・・なるほど。」幣原は暗い顔で頷いた。

ちなみに4月10日に施行された第 22 回衆議院議員総選挙について、憲法調査会事務局が、北海道第1区、福島県、茨城県、静岡県、大阪府第1区、広 島県、愛媛県及び福岡県第1区の8選挙区835名の立候補者について、その選挙公報を調査した結果は以下のようだった。

①憲法改正草案要綱に触れているもの17.4% そのうち「要綱支持12.3%」「要綱反対1.0%「支持・反対の明らかでないもの4.1%」    
②憲法改正草案要綱に触れていないもの82.6% そのうち「要綱に触れていないが、憲法改正には触れているもの16.1%」「要綱にも憲法改正にも触れていないもの66.5%」
 また、天皇制への言及の有無及び戦争放棄への言及の有無については。  ③天皇制の問題については100.0%触れていた。そのうち天皇制に触れているもの78.5% 「天皇制支持73.8% 」「要綱的天皇制支持27.3% 」「明治憲法的天皇制支持1.1% 「そのいずれとも明らかでないもの45.4% 」「天皇制反対4.7% 」「天皇制そのものに触れていないもの21.5% 」という結果だった。  ④戦争放棄の問題については100.0%触れていた。そのうち「戦争放棄に触れているもの36.6%「要綱的戦争放棄を支持するもの7.4% 」「単に軍国主義反対や平和主義をいうもの29.2%」「戦争放棄に触れていないもの63.4%」

このように、各候補者とも「天皇制」「戦争放棄」については、触れながらも大きな論点にしなかったことが窺える。選挙の争点は、もっと現実的な食糧問題、生活向上についてであって、雲の上の話「ねばならぬ論議」ではなかったことが、良く判る。

「しかし・・それにしても」松本は不満そうだった。
「国体を護持するために受け入れた敗戦が、結果として国体をただの象徴にしてしまったことに・・臣民が怒りを覚えないとは・・私には理解できませんな。」松本は憮然と言った。
他人を評するとき「あいつは頭が悪い」という言葉を良く使う松本だが、いままさにその口癖が出そうな気配だった。
「いずれにせよ。まだ要項の段階ですからな。まだまだ松本博士のご尽力無しでは、形になっていきません。宜しくご尽力を賜りたいです。」幣原が言った。松本は露骨に嫌な顔をした。
「まあ、仕方ありませんな。もっとも。これから先は大半が入江君たちの仕事になりますから、私の出来ることは輔弼程度ですが。とりあえず最後までは付き合いますよ。この世紀の駄文に」松本は苦い顔のまま言った。
この日、松本は記者会見で以下のように話している。
「従来、私の考えていたのは一部改正としての修正で」「この度のように憲法の全部改正については、充分議をつくして考えてはいなかった。」我が意には副っていないことを、はっきりと語っている。
紙面で、この記者会見を読んだ人々は、では一体誰がコレを書いたか?強い疑念を抱いたはずである。松本ではないなら、誰なのか?

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました