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甲州ワインの謎#07/渡来人としての原始キリスト教徒

甲州に葡萄を持ち込んだのは渡来人であろう。それも祭事に必須である原始キリスト教徒=ユダヤ人であろうという仮説を立てて話を進めています。

甲州種が、ヨーロッパ種75%中国原産種25%のハイブリッドであることにも触れました。これは極めて重要な伝搬ルートを探るキーワードです。つまり甲州種は日本原産の葡萄には接ぎ木されなかった。そのままの形で本土から持ち込まれ、そのままの形で植えられた。これはこの葡萄が祭事に使用される「聖なる葡萄」だったからでしょう。原始キリスト教徒=ユダヤ人は、この葡萄の血統を大事に守っていたのです。
では。いつ。ヨーロッパ種75%中国原産種25%のハイブリッドになったのか??

それを探る縁(よすが)はマルコポーロの東方見聞録The Travels of Marco Poloにあります。この有名な旅行記は、1200年代後半にルスティケロ・ダ・ピサが投獄されていたマルコポーロから聞いた話を採録編纂したものです。その中で、マルコポーロは長安の都にほど近い処にユダヤ人の集落が有ったと言ってる。長安は、現在の陝西省の省都西安市です。その東に開封というところがある。マルコポーロが語った「ユダヤ人の集落」とは、おそらく此処を指していると思われます。開封にユダヤ人の集落が有ったのです。
https://www.amazon.co.jp/%E4.../dp/4409510576/ref=sr_1_1...
この開封で、近年3つの石碑が発見されました。
そのひとつ『重建清真寺記碑(1489年の日付がある)』の中に、ユダヤ人は漢王朝時代(紀元前206年-紀元2世紀)にインドを経てやって来たという記述があります。
https://collections.dartmouth.edu/.../ms794-009cn...
これは極めて重要な示唆です。彼らが中国へやってきたのは、バビロン捕囚の頃だったということです。
https://kotobank.jp/.../%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83...
このとき、多くのユダヤ人が難を逃れて東方へ拡がりました。その一派だったのかもしれません。


無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました