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モーゼの「出エジプト」というアイデア

旧約聖書は「創世記」のあとに「出エジプト記」が続きます。
「出エジプト記」は、へブル人(ユダヤ人)が迫害を受けながらも生活していたエジプトを脱出し、神に与えられし約束の地カナンへ向かう、長い苦難の旅路を描いた章です。岩波文庫から独立した一冊として出ていますから、もしよろしければ手にしてください。非常に示唆に満ちた本です。モーゼという男が目指した40年に渡って続くカナンへの旅路は、これ以上のものはない経営書です。人の上に立ち、人々を引き連れて"夢"に向かう者が遺した軌跡で、これほど優れたものはありません。僕自身、この本に支えられたことが本当に数知れずあります。モーゼは偉大な男です。

さて。そのモーゼという男が、へブルの民を引き連れて「約束の地・カナン」へ目指すきっかけになったのが、おそらくサントリーニ島の大爆発です。なぜ「おそらく」と書くか?「出エジプト記」書かれている年代と、爆発の時とかなりの時代差がある。そして「出エジプト記」の中に描かれている"天変地異"がすべて神の御徴(みしるし)とされている。遠いエーゲ海に起きた火...山爆発だとは書かれていない。
しかし、そこに描かれた様々な御徴は、まさに火山噴火によってもたらされたものに見えるのです。
①ナイル川の水を血に変える(出7:14-25)②かえる(出8:1-15)③ぶよ(出8:16-19)④あぶ(出8:20-32)⑤疫病(出9:1-7)
⑥はれ物(出9:8-12)⑦雹(出9:13-35)⑧いなご(出10:1-20)⑨闇(出10:21-29)⑩初子の死(出12:29)
聖なるナイルが汚濁し、動物たちが騒ぎ、人々が斃れ、雹が降り、空を闇が覆う。
それと、神はモーゼの向かうべき先を、火柱を立てて指し示したと有ります。その火柱は、先ず始めに北の空に立ちます。まさにエジプトから見てサントリーニ島のある方向です。


「出エジプト記」には、第一章でモーゼがヘブル人を率いてエジプトを出発したのはラムセス二世の時代と書かれています。彼の在位は紀元前1290年頃から紀元前1224年頃まででした。サントリーニ島が爆発したのは紀元前1628年ですから、それが原因の天変地異が400年経ってもまだ有ったというのは無理があるでしょうね。もし実際にサントリーニ島の爆発がもたらしたエジプトの政治的揺籃が原因だったとすると、実際の「出エジプト」は彼らが書いた時代より、400年ほど古かったはずです。その仮説を最初に唱えた男は、ジクムント・フロイトです。あの"夢判断"のフロイトです。

彼はユダヤ人です。ユダヤ人の彼が「なぜユダヤ教は一神教なのか?その始原は何だったのか?」に強い興味を抱きました。そして最晩年に「モーセと一神教」という本を残しました。これも日本語版が有りますので、ぜひ機会あれば手に取ってください。
たしかに彼が言うように、へブル人はセム・ハム語族のひとつです。この一族は何れも全て多神教です。「神はただひとつ」と云っている人々は居ない。それがなぜ一神教になったのか?これには何らかの経緯があるはずです。
フロイトは、そこに注目しました。
そしてアメンホテップ4世に注目しました。彼の在位はBC1379年頃からBC1362年頃です。
彼は、元来多神教であるエジプト王国を、アトン神を唯一神とする宗教改革をしようとした王でした。もちろん、それへの抵抗は凄まじく、彼の在位は極めて短かった。フロイトは、彼こそモーゼの原型ではないか?と言っているのです。
もちろん。だとしても、サントリーニ爆発との時代的ズレは300年、ある。
しかし、このアトン神への帰依が有ったというフロイトの説は、きわめて説得力がある。

たしかに聖書の中にある「ユダヤ人は神に選ばれた民である。」「我に帰依し続ける限り、汝らは守られる」というロジックの向こう側には、"我(神)"以外の神の存在が、邪神・邪教と言いつつも"在る"ことを暗示しているし、我らの神でない神に帰依している人々の存在が"在る"ことを示唆しているように見えます。つまりユダヤ教の選民思想は、沢山の神々の中の"ひとつ"が、たくさんの民族の中の"ひとつ"を「我が従僕」としているように捉えるのが素直な視線のように思えるのです。
おそらくですが。従来、多神教であったへブル人が、ある時期から「我々はアトン神に贔屓された民である」という考えに変わったのではないか?僕にはそう思えるのです。それが原因だったのか、あるいは結果としてそうなったのかは判りませんが、へブル人はエジプトの中で徹底的な迫害に遭います。

「出エジプト記」によると、パロ(ファラオ=エジプト王)はヘブル人に子どもが生まれたとき、男子だったら殺し、女子だけを生かしておくようにと命令したとあります。その命令下で、ヘブル人のある女性が男子を産みます。彼女はその子をパピルスの葦で編んだ籠に入れてナイル川に流します。それをパロの娘が見つけ、父に内緒で育てた。それがモーゼです。
ここにも大きな暗示があります。ユダヤ教の"祖"であるモーゼは、へブル人として育ったのではなくエジプト人として教育を受け育ったのです。僕は、本当に彼が「ユダヤ人」だったのか?そのことにも大きな疑問を持ってしまいます。

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無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました