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パリ・マルシェ歩き#19/マルシェ・クベール・シャペル03

「新しい千年紀に入るころから、世界は小氷河期に進み始めた。
なぜ天候不順が深刻な影響を起したか?灌漑技術を確立したことでヒトは穀物に頼る生活になっていたからだ。
文化も文明も、すべてが穀物の上に成り立っていたからだ。
切れることなく続く天候不順は、この構造を機能不全に落とし込んだ。
この天候不順は900年代後半からはじまり、農作物は枯れ、飢饉が連年蔓延した。そのため民は出口のない迷宮に追い込まれていたんだ」
「それで十字軍なの?」
「ん。最初の十字軍を組成したのは、今のままでは餓死する人々の集団だった。彼らは修道士ピエール・ルルミットPierre l'Ermiteの扇動に載せられて『神の土地を取り返す』という名目で、東へ東へと略奪を繰り返しながら進んだんだ。1096年だ」
「扇動に乗るしかなかったのね」
「ん。乗らなければ飢え死にするしかなかった。人々は、修道士ピエール・ルルミットの扇動をアタマから信じる精神状態に追い込まれていたんだよ」
「哀しいわね」
「ん。確かに穀物はヒトを数百倍に増やした。しかしその栄華は、小氷河期の前では脆かったということだ」
「すべてを放り出して着の身着のまま、沢山の人たちが十字軍・神のための軍として東を目指したんでしょ?」
「ん。略奪を繰り返しながらね、我々は神のための軍だと言いながらね」
「酷い」
「しかしその暴略ぶりは瞬く間に広がった。結局、そんな連中の大半は、エルサレムに辿り着く前に、殺されるか斃れてしまった。その後を追って、おっとり刀で繰り出してきた王と騎士たちがいた。いつの間にか"正規"といわれる十字軍だ。彼らは暴徒でしかない民を露払いとして進み、最後はエルサレムで膨大な財産を得た。そして、彼らの成功が"十字軍は儲かる"という風潮を生み出したんだ。第二回十字軍は50年後。1147年に起きている」

「ふうん。ところで、十字軍って何回やったの?」
「小さいものはたくさんある。エルサレムを目指さないものもある。バルト海を攻めた北方十字軍とか、カタリ派殲滅をねらったアルビジョア十字軍とかね。主要なものは9回だ。最後は1271年で、後にイングランド王になったエドワード1世が主導している」
「200年弱で9回も?」
「ん。続けば続くほど、十字軍は儲かる商売じゃなくなってった。そして消滅だ」
「神様は?神様のためじゃなかったの?」
「最初の要請は東ローマ帝国から出た。セルジューク朝からの侵攻に押されていたからだ。皇帝アレクシオス1世が"キリスト教国"を守るために西ヨーロッパ諸国に支援を要請した。"我々が斃れれば次はおまえたちだぞ"とってね。これが発端だ。最初に教会が動いたのはそのためだ。1095年に、教皇ウルバヌス2世がクレルモン教会会議を起し、ここで各国に十字軍招集を発動したんだ。しかし王侯貴族たちは喧々囂々とするだけだった。最初に動いたのは、明日は飢え死にする人々たちだ。王侯貴族たちが慌てて後を追ったってわけだ」
「そして膨大な富を簒奪したのは王侯貴族たち・・」
「ん。この第一回十字軍遠征の後も小氷河期への天候不順は続いた。ヨーロッパは飢饉や経済的困難が続いたんだ。ただこの時期から農機器に大きな革新が生まれるようになる。鉄が自由に操れるようになった。鉄製の器具が急速に普及した。根気よく民は農作を牧畜を守ったんだよ。
それを背景にして、フィリップ・オーギュストが第三次十字軍を仕掛けた。1189年だ」
「だれ?フィリップ・オーギュストって?」
「フィリップ二世だよ。パリを囲む城壁を強固にした人だ」
「あら・・ようやくパリを囲む城壁の話へ戻るの?長いわねぇ」

「ん。彼は利発な男だった。フィリップ二世はカペー朝代最高最良の王だ。かれが今のフランスの基礎を作り上げた」
「ふうん。その人がパリを囲む城壁を強固にしたの?」
「ん。フィリップ二世は十字軍遠征の資金集めをした際に、その資金の一部を使って壁を作ったんだよ。そして壁を通る商人から通行税を徴収して、これを十字軍遠征に充てたんだ」
「ふうん。でももうその時にはパリを囲む城壁は有ったんでしょ?なぜ今さら建造し直したの?十字軍遠征の資金集めのため?」
「いや、それだけじゃない。1066年12月25日、ノルマンディ公ウィリアムがイングランド王ウィリアム1世となった話をしただろ。ノルマンディ公国とイングランド王の連合は、フランク王国にとって最大脅威だったんだよ」
「なるほどね」
「1189年、リチャード1世がノルマンディ公国を含むアンジュー帝国全体の王になった。リチャード一世の母はエリノアールだ」
「エリノアールって、王宮をとびだしてアンリ二世と結婚しちゃった人?」
「ん。アンリ二世とエリノアールの子だ」
「あらあら、それは大変ね」
「彼が、第三回十字軍に向かうために、パリの城壁を強固にした理由は良く分かるだろ?」
「なるほどね」

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました