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ワインと地中海#58/シラクサ散歩06

「賢王ヒエロ二世の時代。シラクサは大きく再興した。ローマとの連携を守り、これを通したからだ。BC215年に彼が亡くなるまでシラクサは往時の栄華を一時だが取り戻した。それがアルキメデスの時代だ。アルキメデスが亡くなったのはBC212だ。ローマ兵によって殺されたとある」
「一所懸命計算をしているところにローマ兵が入ってきて、光を遮るな!と言ったからでしょ? 学校で習ったわ。でも・・なぜローマ兵なの?シラクサはヒエロ二世が亡くなったことで、また戦禍に巻き込まれての?」
「そうなんだよ。BC218年にポエニ戦争2回目が始まったんだ。スペインにいたハンニバルがイタリアを侵攻した。一時は大進撃だった。ハンニバルの滅茶苦茶な突進ぶりにローマは慌てふためいたんだ。その大騒動の中でヒエロ二世は亡くなった。90歳だった。跡を継いだのが孫のヒエロニモスHieronymusだ。当時14歳だった。ハンニバルはこの14歳の少年を篭絡した。ヒエロニュモスはハンニバルの豪胆ぶりに目が眩んだんだろうな。前王時代からの臣下が大反対したのにも関わらず、ローマに宣戦布告をしようとしたんだ」
僕らはアルキメデス広場を渡って、目の前のコルソ・ジャコモ・マテオッティ通りに入った。
「シラクサ唯一のブランド・ストリートだよ」
少し行くと左側にVia.V.Milavellaのプレートが有った。上にthe Science of the Geniuses Archimede and Leonardoと書かれていた。
「この先にアルキメデス博物館がある。今日はそこに寄ってから帰りたい」
細い通りを入った。
「ところで。その若い王様は、ローマに宣戦布告したの?」と嫁さんが言った。
「いや、しなかった。その前に臣下たちに殺されてしまった」
「あらま」
「臣下たちはローマに阿った。もちろんそんな姑息な保身をローマが許すわけはない。王が不在なシラクサを狙ったんだ。シラクサに向かったのはマルクス・クラウディウス・マルケッルスだ。BC214年に両国は開戦になった。そのシラクサ防衛担当にアルキメデスが就いたんだよ」
「余儀なく・・でしょ?」
「そうかもしれない。アルキメデスはヒエロ二世の親族だ。そしてヒエロ二世とは極めて親しかった。若輩の王ヒエロニュモスを殺してまで、保身を図った臣下たちに強い憤りを抱いていたと僕は思うな。ローマの侵略に好いきっかけを、そいつらが作ったんだ。それでもアルキメデスは我が故郷シラクサを守ろうとした。血の涙を流した決断だったと思う」
「辛かったでしょうね・・」
「アルキメデスは、まずシラクサを守っていた防御要塞を強化した。シラクサは6つの門を持っていたが、一番西にあるエピポライ門を徹底的に強化した。戦いの主戦場がここになるとアルキメデスは見たからだ。エピポライ門にはエウリュアロス城がある。アルキメデスは自分が考案した捩じりバネを利用した投石器をここに並べた。そして大型弩弓を置いた。城壁上から巨大な投擲機で巨石を敵艦へ投げつけた。他にも壁越しに腕を伸ばして破城槌や、ローマの攻城用の小屋の上に丸太を落とす装置など発明された」

「見てきたような話ねぇ」
「有名なのは、海戦用の『アルキメデスの鉤爪』だ。巨大なクレーンの先に鉄の鉤爪が付いているロープだ。お酉さまの熊手御守みたいなものでね、これをローマ軍の船にひっかけて、捻りあげて転覆されたそうだ。それと凹面反射鏡の話も有名だ。彼はこれを使って敵船に火を点けたと言われている」
「すごいわね」
「ローマ軍、アルキメデスの智慧に苦戦した。しかし多勢に無勢だ。防御は出来ても攻撃は出来なかった。マルクス・クラウディウス・マルケッルスは焦燥した。そこに隙が出た。アルキメデスがいれば負けないという慢心がシラクサの臣下たちに生まれた」
「あらま」
「シラクサは国を挙げた祝祭がある。アルテミスの祝祭だ。ヘカトンバイオンの月第11日から5日間、開かれる」
「ヘカトンバイオンの月?」
「いまの7~8月ころだ。シラクサは祭り一色になる。ここにローマは伏兵を忍ばせた。そして深夜、泥酔するシラクサ兵をくぐって城内へ雪崩込んだんだ。祝祭は阿鼻叫喚に変わった。たった一夜でシラクサの町は蹂躙されてしまったんだよ。そして人々は殺され、残ったものは奴隷として連れ去られた」
「ますます、見てきたような話ねぇ」
「それでも王城のある内壁は守られた。命からがら逃げた人々は、その中に閉じこもった」
「アルキメデスは?」
「内壁側にいたんだろうな。彼はこのローマの夜襲からは生き延びた」
「そう・・」
「内壁は兵糧攻めにあった。9か月だ。全員が飢餓に陥った。そのとき、耐えきれなくなった家臣の一人モエリスカスが、アレトゥーサの泉の近くでローマ軍に城壁を開けた。忽ちローマ軍は雪崩込み人々は片っ端に殺された。その時だ。アルキメデスも殺された」
「ローマ兵を叱ったという伝説が出来上がるわけね」
「事実は違うだろう。しかしアルキメデスらしい伝説だ」
「なるほどねぇ」
「ローマにとって、シラクサの落城は極めて重要な意味があったんだよ。シチリアを制覇したことで、ローマはカルタゴがイタリアへ攻める手段を完全に封じたわけだ。ここからカルタゴ全滅へ向ける第三次ポエニ戦争のきっかけが出来上がるんだ」

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました