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ボルドーれきし ものがたり/2-2 "租税回避地"

河口から71kmあまり入ったところで、ジロンド河はガロンヌ川とドルドーニュ川に分かれます。そのガロンヌ川側をさらに10kmほど入ると、川筋は大きく曲がります。そこにブルディーガラBurdigala(ボルドーの古名)と云う町を最初に作ったのは、ビトゥリゲス・ウィウィスキ族Bituriges Vivisciだったとローマは記録しています。B.C.300年頃です。

最初の町はガロンヌ川から西に走る支流オードブルデ川の河口Devezeに作られました。ブルディーガラBurdigalaとは、gala=沼地とburd=避難地(村)の合成語で「沼地の避難地/沼地の村」という意味です。この地域が、ガロンヌ川とドルドーニュ川で運ばれる土砂によって、如何に広大な沼地になっていたかが窺い知れる名前ですね。

たしかに生活地としては最悪だった。雨が降れば道は泥だらけになり、増水すれば辺り一面が泥沼になってしまう地域です。ボルドーへ出かけた時は、是非この大河の畔に立ってみてください。水の色は黄土色で川岸はまるで水で溶いた茶色い小麦粉のようにドロドロです。もし歩く機会が有れば、ぜひ川畔を歩いてみましょう。足が砂地と違ってズブズブと沈むのが体験できます。1000年以上かかって治水が為されるまで、ボルドーはまさに「泥沼に沈む町」だったことが幻視できます。

最初のブルディーガラ(ボルドー)が、この大きく川が湾曲する左側に作られたのは、この地が少しだけ小高くなっており(ラウンド台地)、河はその丘を回り込んで流れているからです。ビトゥリゲス・ウィウィスキ族は、この小高い丘/川の左岸に交易のための砦を作ったのです。

もちろん。交易はブルディーガラが出来る前から行われていました。

北から錫を持ってやってくるケルト人とナルボンシスから峠を越えてワインを運んでくる商人たちは、川筋に小高い丘/此処を見つけて、荷物を此処で解いて交易地にしたにちがいない。それがブルディーガラBurdigalaという町になって行ったのです。

広い川筋と、大潮の度に反転する川の流れが、物流のためにはきわめて大きな利点でした。船底の浅い当時の船には、沼地を流れる川はそれほど障害ではなかった。ケルト人は此処に錫の倉庫を、そしてローマの商人たちはワインを貯蔵する倉庫を此処に建造したのです。

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このブルディーガラについて最初に言及しているのはストラポンです。彼は此処を租税回避地(タックスヘイブン)として紹介しています。(ギリシア・ローマ世界地誌Geōgraphiká)

実は、当時まだブルディーガラ(ボルドー)はローマの管理下に無かった。つまり此処での交易には、ローマの税金がかからなかったのです。
地中海ナルボンシス側の商人たちは、この峠を越える交易ルート(陸ルート)が確立すると、挙って住居をブルディーガラ/大西洋側あるいは、陸送からガロンヌ川を利用した水運に変わる地点/トロサ(現在のトゥールーズ)へ移しました。同地はウエルカエ・テクトサゲス族の地です。彼らは地中海側アガタ(現在のアージュ)辺りにいたウエルカエ・アレコミキ族の支族だったので、ナルボンシスの商人とは馴染みやすく労働力としても充分信頼できる人々だったことが幸いした。此処に膨大な量の物流ルートが出来るには、それほど時間がかかりませんでした。

もちろん、となれば利に敏い官吏がこれを見逃すわけはありません。

同地の地方総督(B.C.75年頃)はフォンティオスでした。彼はこの陸路の要所要所に関所を置き、かなり強引な通行税を商人に課した。これでフォンティオス提督は膨大な富を手に入れています。その暴利の貪り方について裁判が起きた時、弁護側に回ったのがキケロMarcus Tullius Cicero(キケロ もうひとつのローマ史/白水社:参照)でした。そのキケロも「フォンティオス弁護」の中で、その搾取が猛烈だったことは認めています。

しかしながら、当のナルボンシスの商人たち/豪農たちにローマへのロイヤリティは有ったか?というと、これも怪しいものです。もともと同地は、西ゴート族との戦いに参戦した兵士たちに、報償として与えられた土地です。兵士たちはローマ国籍と土地が欲しくて参戦した人々だった。つまり大半がラテン人ではなく、異民族だったのです。彼らがローマに対して帰属感が低かったのは、諾ることだと云えましょう。

たしかにフォンティオスは、金を欲しがった。しかしそれも峠までで、それを越えてしまえば、ローマの管理下から外れてしまう。ナルボンシスの商人/豪商、そして北から錫を運ぶガリア人は、ブルディーガラという租税回避地で巨万の富を築きあげていきました。そしてブルディーガラという町も急速に大きくなって行きました。

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無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました