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周りにいる3つの密を避けない感受性の低い人間にはどう対処すればいいのでしょうか?(Quoraで回答)

いわゆる情弱(この言葉すら知らない情弱さんへ⇒情報弱者の略です)ですね。

いつの世も、情弱は居ます。彼らは必要性があって居るのです。

考えてみて下さい。誰もが情報にビビッドで、何でも知ってる世の中になったどうなるか。随分の商売が消えることになります。情報番組も消え去ります。ネットの情報系の有象無象の発信者は職を失います。

情弱にもレベルがあります。全く世の中のことに無頓着、2メートル以内の事しか関心が無い、情報は害である、新聞位は読む、テレビのニュースは見る、インターネットはやってる、というように情報リテラシーには様々なレベルがあります。

その多様性がこの世を支えていることを忘れている回答が続いていると感じましたので、そのような画一的な回答とは一線を画す意味で私は記そうと、18番目の回答者になることにしました。

世の中は、知らないことを教える商売は数多くあり、それが経済の一部を支えています。ですから情弱が居ないと困る人たちが沢山います。教師もその一部と言って良いでしょう。もう一度言います、情弱にはレベルがあるのです。

知らないことを教えてあげる、そう言う事は身近に沢山あるでしょう。子供に教える、友人に教える、同僚に教える、部下に教える、そして教えてもらう。一日はその繰り返しです。レベルは様々です。情弱に情強が教える。これは自然な事です。

この質問のレベルの情弱の場合。

避ける、という方が大半でしょう。関わらない方が身のためだ。もっともです。命にかかわることです。はて、この情弱の人達は救わなくても良いのでしょうか?

避ける、これは利己の心です。自分だけが良ければよい、という心です。

私は利己とは対極の利他の心を持ちたいと常々思っている人間なので、そういう方を見かけたら、声を掛けます。その声の掛け方が重要です。「ダメだろう」とか「あんた知らないのか」というのは利己の心です。自分の不満解消です。

利他の心なら、その人に気付きをもたらす言葉を選びます。相手の幸せを願った言葉を使います。言った人、聞いた人、両方がWin&Winになる言葉を選びます。

ここでそれが何かを示すより、ひとりひとりがどういう言葉を掛けたら効果的だろう、という視点で熟慮すれば、今回のコロナ禍のような非常事態で、このような情弱として取り残される人は減るだろう、そう思って敢えて記しません。ご自分でお考えになってみて下さい。

自分が声を掛けるとしたら、なんと言うだろう。相手を傷つけないように、相手が自然と気付くように。コメント欄にアイディア溢れる言葉が寄せられると嬉しいです。

一度でも被災地ボランティアをやったことがある人なら、救える人は全員救うという、そのためにできる事は全部する、そのことの意味を知っています。そして、できる人が、できる時に、できる事をする。それを進んでやる。非常時でなくても、それが日常の風景の社会になったら、コロナ禍で苦しむ人がどれだけ少なくなるだろうと思います。

人を想う心、相手を想う心を持つこと、人として勇気をもって行動すること、良い行いをすること、徳を積むこと、それが充実した人生をもたらしてくれると私は信じます。人の事はどうでもいい、自分だけ幸せになればいい、そのようなニュアンスをこの質問の行間に感じました。(もしかすると私の心が毒されてそう読み取ったのかもしれませんが)

ひとり一人に合わせて対処する心配り、そこに利他の心があると私は思います。

偉そうなことを言っている、そう思われたでしょう。それはそれで個々の感情であり、情弱に向ける目と同じ感受性の欠如だと私は思います。それも必要です。

感受性の低い人間は、この世に必要である、そういう人が居るから感受性の高い人が評価される。つまり、すべては相対性の中にあることに気を留めて日々を過ごすと、つまらないことに煩わされる時間が消えていきます。

そういう相対的な社会の中に居る住民として、周囲の人に自分は何ができるだろうという心が、世界を覆う悲劇を救う最も費用の掛からない、最も嬉しい手立てになると私は信じ、実行します。

最近、感動したことがありました。トヨタの章男社長のコロナ禍へ立ち向かう言葉です。そこに私は利他の心を観ました。

深刻にならずに、真剣に。みんなで助け合って、感謝し合う

COVID19 は ガイアの鉄槌か|三河屋幾朗|note

また、同じ章男社長はトヨタイムズでこう言っています。

いま必要なのは1人の人間として、生きてることを感謝し、自分が出来ることをやる、自分で出来ないことをしてる人に感謝する、皆が助け合い、皆が「ありがとう」と言い合いながら「生き続けること」です。

良いことやったら「ありがとう」と言いましょう!

超えられない試練はありません。

生き続けることが必要、死ぬのを止めましょう、と言います。

トヨタがいまこの難局にどう立ち向かっているのかが良く分かります。章男社長の熱い想いと人柄が伝わってきて、気持ちが晴れる動画でした。

国のリーダーが心もとなくても、実業のリーダーがしっかりしている日本の未来は明るい、そう感じました。

「命」を取るか、命の「糧」を取るか。章男社長は「どっちも取るんだ!」と言い切りました。この究極の選択に私はこう答えています。章男社長と対比してお読みください。

コロナウイルスの騒動により浮き彫りになった日本や世界の社会の問題点はどのようなことがありますか?に対する三河屋 幾朗 (Ikuro Mikawaya)さんの回答

※この投稿はQuoraで私が2020.4.17に載せたものを転記しています。

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