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書けん日記:26 沈黙の旅人たち

2月も半ばを過ぎた、或日、ある夜――
三河地方の僻地にも、天気予報通りに春一番が吹いて。その台風のような暴風は、刺すように冷たい雨を伴って夜まで暴れ続けて。
三河ぐらしが長くなった不肖は、2月にこの天気が来ると。春一番からの夜の嵐が来ると、暦も気温もまだ2月の真冬でも、春が近づいてくる気配を感じる……今日このごろ。

三河の田舎ですと、2月の外の野辺を見ればそこかしこに、春のさきがけが目を楽しませてくれる。梅の木に花がつき、木瓜ぼけ の小枝に花のつぼみが可愛らしく並んで。ヒヨドリたちが、そのつぼみをむしゃむしゃ食べてしまうのを「まあ、いっか」の心持ちで生暖かくスルーして花はあきらめ。
畑の物置、その北側の陰に。枯れ草の合間から気の早いふきのとうが出て。
そして――
三河の、私の庭に春を告げてくれる『もの』たちは、ほかにも。

ツグミ。鶫。
ヒヨドリと同じくらいの大きさで、鳩よりはいくぶん小さい。渡り鳥。
こんな小さい体なのに、10月くらいに繁殖地のシベリアから群れで日本にやってきて、日本到着後はばらばらになって庭などに縄張りを作る渡り鳥、ツグミ。春になると再び群れを作り、日本海を越えてシベリアに向かう長旅をする渡り鳥、ツグミ。

あんまりヒトを恐れず、冬場の庭先や野原などをぴょんぴょん跳ねて虫や種を探すツグミ。夏になるとその声も聞こえなくなる(シベリア在住)ので、「口をつぐ む」が「つぐみ」の名前の由来になったという説もある、ツグミ。

そのツグミは、うちの庭にもやってくるが――なぜか。毎年、2月の春一番が吹く頃に、庭に現れ「ここをキャンプ地とする」宣言をする、ツグミ。
もしかしたら、うちのツグミたちの越冬地はもっと南で、三河のうちの庭は長旅の中継地点、休憩の場であるのかもしれない。春一番とともに現れ、桜のつぼみが膨らむ頃にはいなくなる、ツグミ。
そんなツグミが、今年もうちに庭にやってきた。
去年と同じ、個体。見分けの付けづらい野鳥でも、この子には可愛そうだが、少し独特の特徴があって――ああ、また来てくれたんだなと……わかる。

ぬるい水風呂で休憩中のぐみみん

うちの庭のツグミ『ぐみみん』。淡い羽色からして、メスのツグミ。
そして……外敵にやられたか、あるいは。昭和の中頃に禁止されたはずなのに、未だに横行している違法猟具のカスミ網にかかって、必死にもがいて逃げたときの傷なのか……この子には片足が、左足がない。
普通のツグミは、両足そろえてトット、ぴょんぴょん軽快に地面を跳ねているが……この子はそれが出来ず、そして片足だけで木の枝にとまるのが難しいのか、ぐみみんが小枝に止まっているのは見たことがない。
だが、それでも――野生は、たくましい。今年も、ぐみみんが庭に来たということは……去年の春、この不自由な脚でも仲間たちと合流し、日本を北上、そして日本海を飛び越えてシベリアへ。そこで、子育てをして……そしてまた、日本へ。どうやって覚えていたものか、またうちの庭に来てくれた。

こちらに気づかれました

このツグミ、ぐみみんはうちの庭に来ると。
午前中の日差しで温くなった、鳥の水場。プラの深皿の水の中に入って、尾羽根を皿のフチに。そして水の浮力で身体を浮かせて片足を休め、そこで日向ぼっこしている。ときおり、羽根を羽ばたかせて水浴び。ぬるい水浴びに満足すると、少しよたよた、地面に降りて。
そこで、スズメごはんのパンくずを食べたり、薔薇の木の堆肥用に積んである枯れ草の山の端っこをくちばしで器用にあさって、その下の虫を捕らえて食べて。
また、深皿の水の中に浸かって足休め?をして――そして、どこかのねぐらに飛んでいってしまう。
ケガのせいか、警戒心が強いぐみみんは、部屋の中からガラス越しにカメラのレンズを向けただけで逃げてしまう。レンズが猛禽の目に見えるか、あるいは何かを向けられる=攻撃される、と判断するのか……きれいに写真を取るのが、私のワザマエだと難しい。
なので、この子の写真は向けてもあまり警戒されないスマフォカメラでの隠し撮りっぽいものだけになってしまう。
――そんな、かわいそうだがたくましいツグミが、また庭に来てくれて。

そして、もう一人。この季節の、うちの庭を訪れる旅人。

シロハラ。ツグミの仲間で、こちらも渡り鳥。露沿岸などで繁殖し、冬になると日本に渡ってきて越冬する。うちに毎年来るこのシロハラ、この子は『はらみん』。色からしてたぶんオス。
このこもここ数年、毎年この季節にうちの庭に現れる。
これもたぶん去年と同じ個体、なぜなら……「行動で、好物でそれかわかる」という。

ちょっとどんくさいシロハラのはらみん

うちの庭には、甘いものが大好物のメジロやヒヨドリへのサービスに、私の作業用糖分、オレンジジュースを山分けで出してあげている。メジロは、輪切りミカンのほうが好きな様子だが……身体の大きいヒヨドリ、女帝ヒヨリーナ2世は器に入れられたジュースを見ると。
「ンダゴラァアア!ドンゴラボッガァアアア!これはわたしのもんじゃああああ!」(意訳)
と、名前の元になったとも云われるけたたましい鳴き声でヒーヨヒヨギエエエと独占宣言をして、ジュースをごくごくと鯨飲する。
そのオレンジジュース、このシロハラも大好物の様子で――

ジュースをくちばしにごくごく
上を向いてごくんと飲み込む

去年、庭に現れたシロハラのはらみんは。枯れ葉の下の虫を探す傍ら、いつも見つけられるたびに理由のない暴力で襲ってくるヒヨドリが飲んでいるジュースに目をつけたらしく……。
このはらみん、ジュースがあるともうべったり。ごくごく飲んで、極楽ゴクラク、とでもいうようにしばらくそこで、器の縁に止まったままジュースを消化し。また飲みだす。
そんなことをしていると、いつもはらみんは庭の女帝のヒヨドリに蹴りをくらって追い散らされてジュースを奪われ。そしてまた、ヒヨドリがいなくなるとジュースを堪能。
そのあいまに、スズメのパンを失敬して木陰で食べたりする安楽っぷり。そしてたまに、パンを食べようと地面においた途端に、盗賊スズメにそれを横からかっさらわれ――
「あれっ、ない?パンがない!?」と落ち葉をひっくり返し、5秒後くらいにパンを盗まれたと気づいて暴れる。全く無実の、日差しで温まった庭石の上で日向ぼっこをしているスズメたちを追い回してうっぷんを晴らしたりしている。
しかもこのはらみん、シロハラはあんまりヒトを警戒しない。カメラのレンズを向けても、お構いなしでジュースを飲んでいるふてぶてしさ。

今年、現れたシロハラも。出現と同時に、何のためらいも警戒もなくジュースを飲んで。スズメパンを失敬して。
この嗜好、行動は「ああ、はらみん。また来たんだな」と不肖は推測する。

発酵させた米ぬかと私と山分けパンがスズメたちのごはん

2月の旅人、ほとんど鳴き声を聞くこともない沈黙の旅人たち。
ツグミと、シロハラ。地元民のスズメやメジロ、ヒヨドリと混じって私にかわいらしい慰めをくれる旅人たち。梅の花が散るころには、もう旅立っていなくなってしまう旅人たち。

もうすぐ春ですね。

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