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子供時代から感じていた空虚さと寂しさの原因

みなさんは、お母さんに何かを話す時、どんな感情を期待していますか?

受け止めてもらえる安心感や幸せとかでしょうか。

期待した感情をお母さんから感じることはできますか?

私は母に期待していた感情を一度も感じる事がなく、33年間を過ごしてきました。

もっと話したら感じることができるのかな?

どうやって話したら聞いてもらった感じがするのかな。

私の話し方がいけなかったんだ。

もっとわかり易く言わなきゃ。

ちゃんと頭で考えて…

どんなに努力しても、「受容」「安心感」「共感」「幸せ」はありませんでした。

代わりに得られたのは、「空虚」「寂しさ」「落胆」そして、相手に生気を「吸い取られている」感じです。

マイナスな感情を溜め込んだ私は、自身が依存的で人の生気を吸い取り、相手に落胆させるテイカーになっていたことに気づかないまま年を取りました。

再び母親と感情を交流すると、「生気を吸い取られる」と無意識に気づきました。
そして、怒りを爆発させました。

でも、どうして自分が怒りを覚えたのか、当時は全くわかりませんでした。生まれた怒りは消えることなく、「毒親」と批判することで、発散させていくようになったのです。

DIDは記録を通して良くなってきた

私は、自分のDID(解離性同一性障害)の治療のために、毎日30分程、自分の1日を記録しています。

もともと、自分のために始めたものでしたが、親の言動が記録されることが多いのです。

何しろ息を吐くように嫌なことをする「毒親」なので。
記録は、毎週、主治医に見せて、話し合います。

主治医の支持的心理療法と、記録のお陰で、記憶が飛ぶ人格交代が少なくなり、代わりに脳内や独り言で人格がたまに出てくる程度になりました。

今は人格みんなでアドバイスをしあいながら、本体を動かしています。
主人格はやはり、どこへ行ったのかよくわからないままなんですが。

もしかしたら、赤ちゃんとかのままだったりするのかもしれないな。
最近、みんなは、みかぽんが主人格になってもいいんじゃないの、と言います。

考えておくね、と言っておきました。

治療と「毒親」の関わり

数週間前、主治医が、記録を見て、不思議そうに言ったことがあります。

「みかぽんさんね、ちょっと親の気持ちを考えて行動しすぎてない?ここまですることは無いと思うなあ」

私は毒親のことを養護していたのかもしれません。
全然気づかず無意識でした。

それから、治療が「親と関わらない」という方針になり、親の関わりが大きなストレスになっているから、会話を最小限にして、解離や人格交代を減らしていくようにしようという意味なんだと思います。

親と気持ちの距離を大きく取ったことで、親についての記録の仕方が変わりました。
より観察する意味合いが強くなったと思います。

観察は、積極的に関わっていた頃も入れると2ヶ月程続けています。

虐待の黒幕は母親だった?

先日、ツイッターにも書いたのですが、暴力に遭いました。
父親に階段から腕を捕まれ落とされそうになったのです。

理由は、真夜中も過ぎた頃、寝ている私の部屋を突然開けて、座椅子で寝ている猫を連れて行ったことでした。

私は、部屋に入られたことにすごい嫌悪感を感じました。
そこから記憶が飛びました。

多分交代しちゃったんだと思います。
私は2階にいました。

ゆうくんになっていて、ものすごい力で抵抗していました。
その後もしばらくゆうくんがいてくれて、毒親たちとの交渉も行ってくれたのです。

ゆうくんの冷静な分析と反応に、毒親は大きく逆上しました。
仕舞には、また、「出ていけ」
と言いました。

「以前も、そのように言って追い出しましたよね」
と言うと、
「あれは追い出したとは言わない」

と「追い出した」という言語に引っ張られている反応をしました。
自閉的な、シングルフォーカス的反応だな、とすぐに分かりました。

私達は、「追い出された」事実じゃなくて、「追い出された」気持ちになったということを伝えたかったのです。

私達の、「追い出された」気持ちは、自分が、家族の中に居場所がないと感じたことや、家族のつながりの輪から追い出されたという気持ちのことを表しています。

私なら、もちろん家族を追い出すことなんてしないけど、
「そういう気持ちにさせてごめんね」
と言うんじゃないかと思います。

後日、私が暴力を受けた発端は、私の部屋にいる猫のことを、母親が父親に言ったからだと分かりました。

普通なら、第三者の父親ではなく、直接私に言うべきじゃないですか。

それを、父親に言ったため、父親は母親のために、娘が寝ている真夜中、無断でドアを開け、さらに暴力の加害者になったのです。

私は悪者で、お姫様が母親、それを救うヒーロー父親みたいな感じです。

60にさしかかるのにも関わらず、父親も母親も、未だに、ヒーローごっこお姫様ごっこをし続けている、脳内花畑野郎どもということだな、と思い呆れました。

ごっこ遊びって、小学校低学年かよ…

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その夜も、私がもう寝静まった頃に、父親がやってきました。
一応、ノックをしたから、前よりはマシかも知れません。

「猫をよこしてくれ」

ちなみに猫をよこしてほしいのは、てんかんの薬が理由と言っていますが、本人たちは、本当の気持ちを隠しているはずです。

本当は寂しいのです。
子供からは無視され、猫もその子供についていってしまうのですから。
猫は、うるさいのと、しつこいのが嫌いです。
うるさくてしつこい毒親のところにいないのは仕方がないことなんですよ。

話を戻しますね。

猫をよこしてくれ、というのはあまりに物のように扱っていて、猫に失礼だと思った私は、

みかぽん「猫はモノではありません。」
と冷静に返してみました。

毒父「なんでも良いから、猫をよこしてくれ」
私は、不意に、もうひとり登場人物が必要だと思い出しました。

みかぽん「本人に来てもらって下さい。」
毒父「いや、俺が言いたいんだ」
感情的になってきたので

みかぽん「感情の話ではないんです。役割の話です。」
すると、母親が話しを聞いてやってきました。
母親「わたしです。」

それから、私は、母親に問いました。
みかぽん「猫のことを言いに来なくてはならないのは、誰ですか?」

母親「私です。」

みかぽん「お父さんに行動させたのは誰ですか?」

母親「私です。」

みかぽん「では昨日の暴力事件で一番悪いのは誰ですか。」

母親「(はっ)私です。」

みかぽん「私はまだあなたに謝ってもらっていません。謝って下さい。」

母親「ごめんなさい」

このやり取りは、低学年に対し、悪いことをしたけれど、悪いことだと理解できていない子に対して使う生徒指導の方法の1つです。

まさか、親に対して使うとは思いませんでした。

後から聞いてみると、やっぱり悪気はなかったらしいんですよね。
悪気がない方が困ると思いませんか?
だって、悪いことだって知らないってことになるじゃないですか。

親が、人を操作して、操作した人が悪いことをした時に、自分も悪かったと思えない人間だったとはがっかりしました。
もちろん父親の暴力にはドン引きしているのでここではあまり触れません。

母親には軽度知的障害の疑いがあるのではないか

私は、記録と、事実を照らし合わせて、ある答えにたどり着きそうになっていた。
以下に、彼女のことをまとめてみました。

実家での暮らし
・幼少期からいじめられやすかった。
・親と、妹ばかり仲良くして寂しかった。多分自分から会話に入ることができない。もしくは妹が押しが強い人なのかもしれない。
・高校時代は、学費をバイトで稼ぎ、自分と妹の弁当を作っていた。
・勉強はあまりしてこなかった。
→数々の言い訳をしていたが、要は見栄を張りたいだけで、勉強が分からないし好きではなかったのではないかと思われる。

国語
・難しい言葉を使ったり、長い文章を話すと、目が泳ぐ
・分からなくても「うん」と言ってしまう。

算数
・私が小学校中学年か低学年の頃、算数の問題を質問したら、パニックになって怒り出した。それから私は母に勉強のことを聞くのをやめた。先生に聞くようにした。
・暗算はするけど、方程式とか比とか割合とかの話になると黙る。

職場
・どの職場でも人間関係の問題を抱えるが、問題の全容がよくわかっていないようである。「それってこういうことじゃないの?お母さんにも問題があるよね」と言われるまで気づかない。

認知
・私が全て悪いと言う思考になりがち
・ある1つの考えにこだわるとしがみつき続ける
・不注意でものをよく無くす。(私も人のことはいえないけど)
・すぐ人のせいにする
・言い訳が多い
・部屋の片付けや家事をぱっぱとやることが苦手。先延ばしが多い
・風呂も先延ばしをして中々倒せず夜中になる
・すぐ寝てしまう。のびたレベル。
・ヒステリックになる。
・投げ出したくなる。「あんたなんて産まなきゃよかった」発言

私とのコミュニケーション
・小学校のころ、悩みを抱えたことがあり(何だったか忘れたけれど多分些細なこと)母親に相談したけれど何も返ってこなくて、「どうしてなんだろう?」と思った。
→すごく寂しかった。
→私のよくわからない寂しさは最近まで続いていた。
・自分のことを話すのは好きだけど、私の話はあんまり聞いていない。
・時に大きく依存してくることが有り、私の精神的負担が大きかった。
・私があなたにされたことが嫌で辛いですと言うと、「私も辛い」と言い出す。
→つまり、私に自分が辛いことを受け止めてほしくて、私の辛さは母親として受け止める気はない。
・依存が強くなると、子供のように甘えてくる。べたべたしてくる。
→親から子へのコミュニケーションではないと思う。
・嫌なことについて、本人に話すと「知らなかった」「悪い気持ちではやっていない」という。
→でも50代の人が知らないことじゃないと思う。
→むしろそういうことをしている若い人を上手に咎めるくらいの年齢のはず→だ。知らない訳ないのに、でもしらないのだ。
→きっと心から知らないんだと思う。

行ってみた対応
・平易でなるべく短文にして話すと伝わる。
・「どう思うか」という質問に答えられない。代わりに「AとB、どちらだと思いますか?」というように選択肢にすると伝わる。
・「この時はこう言って下さい」と明確に型を示すと理解して使うことができる。でも、その言葉を自分で考えることができない。場が変わるとうまく使えない。

論理的思考力推測する力が抜け落ちていると思う。
年齢相応の言語能力も…もしかしたら、算数も…

ここまで整理して、母親には私の複雑な悩みや、考えていることは伝わらないんだな、と確信に至った。
・自分が子供をまともに育てられるか予測できずに子供を産んでしまった。
・DVを受けても逃げるということを思いつかない
・子供が暴力を受けると分かっていて子供のしたことを父親に告げ口してしまう。(分からなかったと考えるほうが自然かもしれない)
・思春期以降の子供の悩みに答えられない

点と線がつながるように理解できた。

彼女はなにか、障害を抱えて気づかずに生きている。
それも、私のような発達障害とはまた違う何かだ。

でも、親子でそんなに能力差があるってことは考えられることなのだろうか、と思ってTwitterにつぶやいたら、フォロワーさんが回答してくれてた。

あることなんだよな、これは受け入れるべきことなんだろうな。
彼女はとても大変だったんだろうし、私は彼女に対して多くのものを求めすぎていたんだと思った。

食事を作ることだけが彼女にできることだった。
「エサ」も彼女の精一杯やらなければならないと思っていることをしているということになるのだろう。

でも、母親に愛されたかった、受け入れてもらいたかった私はどうなるんだろう。
もう希望という美しいものを持つことはできない。

今あるのは、彼女が知的障害かもしれないという事実だけなのだ。
彼女が知的障害だとしたら、軽度だとしてもIQとは70以下ということになる。

私のIQは低いところで99、言語は120を超えている。
IQが50も違ったら、会話が成立しないのは当たり前だ。

今までは「お母さんなんだ」と思っていたから自然に喋っていたけれど本来は子どもたちにしゃべるように、分かりやすく話さないと伝わらないのだ。

私が自然体でいられる場所ってなんだろう。
誰かに理解してもらいたい。
それは親ではない、自分でやらないといけない。

セルフコンパッションの本を読んでいてよかった。
自分が自分の母になり、自分を受け入れてあげることができるから。

でも、ふとした時に私の頭はまだぐるぐるしてしまっている。

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