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エッセイの課題で提出した文

「誕生日について~今私が思うこと」というタイトルでエッセイを書きなさい。(800字以上2000字以内)

 このまま死ぬまでひとりで生きていくと決めた四十歳の誕生日から、誕生日はひとり旅に出ることにしている。だからここ数年は、私の誕生日を当日祝ってくれるのは、たいてい朝いちばんの便に乗り込んだ飛行機の座席に客室乗務員さんが常連客向けに用意してくれている「お誕生日おめでとうございます」のメッセージカード一枚だけだったりする。

 若いころは、誕生日は誰か異性に祝ってもらわないとかっこ悪いと思っていた。

 なんの予定もない誕生日をなんとか回避するために、私の誕生日を当日祝ってくれそうな、あと一押しで友人から恋人になりそうな人の予定をチェックして、さりげなく祝ってほしいとアピールしたり、こころよくオッケーをもらってたのに突然すっぽかされたりする、涙ぐましい努力や思い出すたびに落ち込む黒歴史を作ったりもした。けれど、ひとりで生きていくのだと決めてしまうと、世間から感じる「女はいつまでも美しく現役で恋愛していないといけないのだ」というプレッシャーから自由になれて、見栄と世間体へのアピールと自己肯定感を上げるためだけに誕生日祝い要員を用意したりする面倒からも解放された。これを誰かに言うと必ず負け惜しみだといわれてしまうが、本当にせいせいした。


 旅先は「どこかにマイル」という、行き先がどこになるかは発券してのお楽しみという日本航空がやっているくじ引きみたいなキャンペーンにお任せで、去年引き当てたのは羽田空港~伊丹空港往復便だったので京都に、一昨年は羽田空港~新千歳空港だったので札幌に行った。

 下調べもせずにのれんをくぐるだけで足が震えそうな店構えの寿司屋に飛び込んでカウンターでシャンパン片手にお任せを食べて、財布を開ける手が実際震えるようなお支払いをしてもうおしまいみたいな、初便で行って最終便で戻ってくる日帰り旅のこともあれば、うまく週末にぶつかれば一泊して、行き当たりばったりで街歩きをすることもある。

 その行き当たりばったりの旅の間、ほとんど誰とも話さない。強面のおじさんが一人でおいしいものを食べまくるテレビドラマ『孤独のグルメ』のように、脳内はひっきりなしに自分自身とおしゃべりをしているけれど。

 ドラマと違って脳内で自分自身と会話すると、もうひとりの自分は自分にひどいことやわざわざ落ち込むようなことばかり言いたがるものだけれど、誕生日旅の間だけは自分をひたすら甘やかし、心地よくすることだけを考えると決めているので、年々体重増加に苦しめられているのに、またご飯を食べた後デザートまで食べすぎちゃったであるとか、ひとりきりの老後が心配だから節約しないとなあと心がけているのにも関わらず治る兆しのない浪費癖――この一人旅がその最たるものだ――、であるとか、そういう現実は全部見て見ぬふりをして、旅先でしか食べられないおいしいもので膨れたおなかをさすりさすり、自分が決めた日に誰に遠慮することなく旅に出られる自由と、自分の稼ぎで浪費できるよろこびについて考える。なにもかも私が自分で決めたことだ、楽しまないでどうする。

 誕生日について今私が思うこと、それは嵐の朝に吹き飛ばされそうになりながら「風の強い日おめでとう」と言った熊のプーさんみたいに、何はともあれ自分に「生まれてきておめでとう」と、言っていい日であるということだ。

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