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ダンスとイデオロギー/スウィング・キッズ

有料配信で韓国映画『スウィング・キッズ』(2018)を観たら最高だった。日本での封切りの時(昨年2月)にコロナで出かけるのが億劫になり、観に行かなかったのをめちゃめちゃ後悔している。2020年映画館で観ればよかった映画ベスト1だ。

【あらすじ】
朝鮮戦争下の1951年、巨済(コジェ)島にあった韓国(国連軍)側最大の捕虜収容所には、北朝鮮の朝鮮人民軍15万人と中国人民義勇軍2万人が収容されていた。
そこへ新たに赴任したアメリカ人所長は、収容所のイメージアップのため、元ブロードウェイダンサーの黒人下士官、ジャクソン(ジャレッド・グライムス)に、捕虜によるタップダンスチームを結成することを命じる。集まったメンバーは、生き別れた妻を探す民間人捕虜カン・ビョンサム(オ・ジョンセ)、栄養失調の中国人捕虜シャオパン(キム・ミノ)、チームの通訳を買って出る民間人女性のヤン・パンネ(パク・ヘス)、そして戦争の英雄を兄に持ち、西側世界への反発心が強い人民軍捕虜のロ・ギス(D.O.)。国籍も身分も異なる寄せ集めチームは公演を成功させられるのか…?


監督は『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)のカン・ヒョンチョル。
捕虜収容所の当時の状況は、映画の冒頭でざっと説明してくれる映像(北朝鮮のプロパガンダという設定)が入るので、予備知識が無くてもわかりやすかった。

巨済島捕虜収容所については初めて知った。当時、連合国側は1948年に改正されたジュネーヴ条約(傷病者・捕虜の待遇改善のための国際条約)を遵守していることを内外にアピールするため、収容所には食料を豊富に用意し、レクリエーションなども実施した。収容所内の捕虜は比較的自由に活動できたらしい。捕虜のタップダンスチームがあったかどうかは定かではなく、映画のストーリーは完全にフィクションだが、そんなものが実在してもおかしくない雰囲気はあったわけだ。
一方で、捕虜となった北朝鮮側の兵士や民間人捕虜の中には、終戦後も南側に残りたいと希望する者も多く、北朝鮮に忠誠を誓う派閥との間でしばしば衝突が起きており、韓国残留勢と北朝鮮勢を分けるために収容所内が鉄条網で分断されているという異様な状況もあった。
北朝鮮人民軍が徒党を組んで韓国側に寝返った「反動分子」を虐殺したり、暴動を起こして米軍の所長を拉致するという事件も実際に起きている。


前半はけっこうミュージカル映画っぽいファンタジー色が強い。北朝鮮兵士のロ・ギスがアメリカ兵の慰安ダンスパーティーにコサックダンスで乗り込んでいったり(彼はソ連の講師からダンスを習っていたというバックストーリーがある)、いきなりアメリカ兵vs捕虜チームでダンスバトルが始まったりする。

映画全体を牽引するキーとなるのはビッグバンドジャズの名曲「Sing, Sing, Sing,」だが、他の曲はわりと時空を超えた選曲がされていて、ロ・ギスがダンスに目覚めて一人で踊りまくるシーンではイスラエル民謡「ハバ・ナギラ」、先述のダンスバトルでは80年代韓国歌謡曲の「歓喜」(チョン・スラ)が流れる。51年が舞台の話に、いかにもな歌謡曲サウンドが突然鳴り響いて少し面食らうのだが、なんか妙に合っていておかしく、楽しいシーンになっている。あとはデヴィッド・ボウイの「Modern Love」もすごくいい使われ方をしていた。

すごいなーと思ったのが、物語に絡んでくる主要人物が割と多いのに、一面的な人物造形になっている人がほぼいなかったことだ。メインのダンスチーム5人はもちろん魅力的で、それぞれ人生の悲哀を抱えて生きていることがわかる(シャオパンはもう少し掘り下げても良かったが…)。

そのほか、対立する米兵や、アメリカに憧れるロ・ギスの軍隊仲間、反動分子の虐殺を煽る人民軍兵士、連合国側の兵士を殺しまくって「戦争の英雄」になったロ・ギスの兄、打算的な収容所の所長まで、表面的な顔以外の側面や意外な一面を見せて、書き割りのような人物にならないように工夫されている。なので、こういうエンタメ映画にしては登場人物達にすごく立体感があり、「実際にこんなことがあったのかも」と思わせてくれる。この作品はわかりやすく反戦映画でもあるのだが、厳しく、悲しい、現在まで問題が続いている史実をベースにした話を描くうえでこの立体感は重要だと思うし、物語に説得力が生まれている。

で、ダンスシーンが最高なのだ。チームを率いるジャクソン役のジャレッド・グライムスは、タップの神=フレッド・アステアの名を冠した賞を受賞している現役の一流ブロードウェイダンサーで、その足さばきを見るだけでもチケット代を払う価値がある(行けなかったけど…)。ジャクソンは黒人ゆえに軍隊で差別も受けており、また、もともと沖縄に駐屯していて、日本人女性との間に子供があり、辞令が出て沖縄に戻れたらその女性と結婚して暮らしたいと願っている。ジャレッド・グライムスというダンサー/役者をこの映画で初めて見たが、どことなく悲しみを背負っているような佇まいがあり、そんな奥行きのある人物を見事に演じていた。
ロ・ギスを演じるD.O.も、さすがの韓国アイドルという感じでダンスのキレがすごい。表情も生き生きして愛嬌があって、生意気な若い兵士という役どころがすごくはまっていた。
他の3人も、素人が練習して段々ダンスがうまくなっていく感じが出ている。民間人捕虜のカン・ビョンサムは農村の伝統芸能「農楽」の踊り手で、アクロバティックな動きが得意。中国人捕虜のシャオパンは、70年代ディスコダンスとマドンナを足したようなオリジナルの不思議な踊りを披露する。
ヤン・パンネはとても楽しそうに踊るのが良い。彼女は昔満州にいたこともあるため、韓・中・日・英の4カ国語が話せ、戦時下で貧しい家族の生活を支えるために、米軍の駐屯地をめぐるホステス(というか慰安婦?)の一団に参加して収容所を訪れる。これは5人全員そうなのだが、特に彼女が躍るシーンは、ダンスに「今日生き延びること」以上のなにか、生のありかたや意味のようなものを感じて魅かれる気持ちがすごく伝わってくる。

音楽とかダンスには、それが終わるまでの一瞬の間だけ、他のすべてを忘れるという作用がある。それで争いがなくなったり、他人といきなりわかり合えたりすることは決して無いのだが、踊っている間だけは自分と音楽だけの世界になって、社会的な属性やイデオロギーとかは彼方に忘れさられてしまう。ある日突然イデオロギーによって国が分断され、思想が人を殺し合わせていた状況を煮詰めたような収容所は、音楽やダンスが持つこの力を真正面から描くのにこれ以上ない舞台となっていた。


以下ネタバレ






最後にエンドロールでビートルズの「Free as a bird」が流れる。歌詞も映画に合っているのだが、これはジョン・レノンが遺したデモ音源をもとにほかの3人が完成させたもので(リードボーカルはジョンの録音された歌)、音楽を通して死者と再び会うみたいなことを思わせる曲だ。
これを知ったとき、もう、ジャクソンがその後の人生でどれだけあの収容所でのダンスを思い出しながら生きてきたんだろうと思って…もうね……
いやーエンドロールまでいい映画でした。


(じゅっこ)


                                  

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