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異端の鳥

映画.comのオンライン上映会で『異端の鳥』を観ました。

ナチスのホロコーストから逃れるために田舎に疎開した少年が差別に抗いながら強く生き抜く姿と、ごく普通の人々が異物である少年を徹底的に攻撃する姿を描き、第76回ベネチア国際映画祭でユニセフ賞を受賞した作品。ポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した同名小説を原作に、チェコ出身のバーツラフ・マルホウル監督が11年の歳月をかけて映像化した。東欧のどこか。ホロコーストを逃れて疎開した少年は、預かり先である1人暮らしの叔母が病死して行き場を失い、たった1人で旅に出ることに。行く先々で彼を異物とみなす人間たちからひどい仕打ちを受けながらも、なんとか生き延びようと必死でもがき続けるが……。


両親の元に戻りたいだけなのに、行く先々で散々な目に遭うユダヤ人の少年。

タル・ベーラの映画を彷彿とさせる東欧の荒涼とした風景は、白黒の無機質な映像も相まって「自然豊かで美しい」とはとても言えない。生きることの厳しさを見せつけてくるよう。

妻を好色な目で見たという理由で使用人の目をくり抜き妻をボコボコに殴る男、子供を誘惑した若い女の局部に瓶を詰め込みリンチする女たち、教会に通いながら少年を犯す男、目を背けたくなるような現実が淡々と描かれる。

人間は残酷だ…などと月並なことを思いながら観るのだけど、途中、別の色に着色された鳥が空に放たれるシーンで、ハッとする。

色を塗られた鳥は仲間たちの元に嬉々として飛んで行くが、鳥たちは飛んで来た変な色の鳥を仲間とは思わず、全員で襲撃して殺してしまう。ただ色が変わっただけなのに、「異端の鳥」は殺される。死んで落ちて来た鳥を拾う少年の表情が辛い。

自分たちと違うものを排除する残酷さはなにも人間独自のものではなく、むしろ本能的な、自然なものなのかもしれない、と思わされるシーンだった。

少年が差別されるのはただ「色を塗られた」だけの理由、とも言えるし、「色を塗られた」以上は自然が排除しようとするのは当然、とも取れる。

観ることしかできない我々鑑賞者は、映画の登場人物たちをジャッジするのではなく証人として見つめ、放っておけばこうなってしまう「自然」を残酷だと感じるなら、繰り返さないためにどうすれば良いのかを考えましょう、ということなのか。

少年を救う人もいるし、残酷さだけが描かれる訳じゃないんだけどね。
それから名前の無い少年が最後自分の名前を取り戻すところには希望も見える。

重いけど、一度観ただけではわからないところも多いのでもう一度観たいと思う映画だった。

意外にハーヴェイ・カイテルやウド・キアなど有名俳優も出ているところが嬉しい。


★K.ROSE.NANASE★



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