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小説『いつか、むかしのはなし』・「解説」全文

オンラインマガジン『Cradle Our Spirit!』掲載(2015〜16年)の連作短編小説をまとめた『いつか、むかしのはなし』。

著者は、ほさかひろこさん。カナダ在住の、文芸の友人です。

小説のなかに、昔の詩を、引用いただきました。

忘れたら生きてはいけないが
忘れなければ生きられなかった
と いつか聞いた
ことがある

(詩集『ある日、やって来る野生なお母さんたちについて』収録「エンペラア・ハズ・ダイド」より)。

巻末に、私の長い感想のコメントを「解説」として、ご掲載いただいています。

久しぶりに、SNSの「ブックカバーチャレンジ」で、本をご紹介したのを機に、わずかに直した「解説」の全文を、こちらに置こうと思います。

こうした「筆の輪」は、交流フェチの私にとって、文字通り、生きるための《 護符(フェティソ)》であり。とても嬉しいです。

第2次世界大戦をめぐる、日米中3カ国に暮らした、3世代の人々の物語。著者の家族史がベースとなった、骨太な連作です。透明なまなざしをたたえた映画のような、もの深い読後感。ぜひ、ご一読ください。

『いつか、むかしのはなし』Amazonページ(Kindle Unlimited会員の方は、無料で読めるようです)。https://www.amazon.co.jp/dp/B06XK9DGFX/ref=cm_sw_r_cp_awdb_c_If2zFbSZKNQBH

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『解説』

オンラインマガジン『Cradle Our Spirit!』に小說が掲載された折、詩人・三上その子氏よりコメントが寄せられた。それがとても素晴らしかったため、そのまま解説とさせて頂いた。(著者)

 ひろこさん、やっと初めから読めました。感無量です。不思議なシンクロニシティから、私の詩を作中で使ってくださると聞いたとき、すごくうれしくて。ゆっくり時間をとれる日まで、読むのを待ってしまいました。
 まるで、映画『パンズ・ラビリンス』のような一話目《ハリエンジュの街》で、眩暈を呼び起こすほど美しく、もの深い世界に引きこまれてから、ほぼ半日かけて、夢中でひろこさんの小説世界をくぐりぬけ、いっきに読了してしまいました。登場人物と共に、戦火を生き抜いたかのようです。付記に、エンドロールのごとく、自分の名前が記されているのを見たとき、感動が、しばらく言葉になりませんでした。

 戦争ではなかったものの、私も家族をあいついで亡くして来ました。残念な死や、無惨な死でした。空襲で炭になった妹の腕を見つけたり、死体を焼きつづけたあの青年のように、あるいは、黒や灰色だけの絵を描く中東からの帰還兵のように、あれから私の時間も、おそらくどこかずれてしまって、まさに「着ぐるみ」を着て生きてきたようにも感じます。 

 もう少しで「死」に人生を乗っ取られるところだった私を、少なからず救ってくれたのは、この《いつか、むかしのはなし》かもしれません。

 この小説は、私にも、まだ生きる土地があるのだと知らせるために《オリーヴの枝をくわえて戻る一羽の白い鳩》のようでした。すべてが織り上げられる最終話に、詩を引用していただけたことは、私の誇りです。

 あの詩は、きっと、こうも書けますね。

忘れなければいけないが
忘れたら生きられなかった
と いつか聞いた
ことがある

 どのような闇も、どこかで光を支えているのだと思います。そしてどんな光のなかにも、どこかに闇はひそんでいる。この光と闇の織りなすタペストリーが、私たちの人生という、芸術作品なのだと思います。美しさも、悲惨さも、まっすぐに写しとる作家の筆の誠実さに、たくさんの報われない魂が、深く、息をついたのではないでしょうか。

 すべてを受けとめる田之上尚子さんの、ファンタジックでありながら、けして地上の命から離れない、まさにマルク・シャガールを思わせる絵を、連載ごとに、とっくりと眺めました。古代のハワイアンチャントにも似たつぶやきが、静かに聞こえてくるような時間でした。

 それにしても。なんというシンクロでしょう。私の父母も大連と満州からの引き上げ組です。父は子供の頃、祖母と大連で暮らし、銃を持ったロシア兵に家を物色されたり、街角で彼らに煙草を売ったり、お菓子をもらったりしたそうです。母方の曾祖母は、もとの詩にあるとおり、満州で賊に襲われると知り、軍の配布した青酸カリで自決しました。小さな母は、祖母と荷車に乗せられて、引き上げ船にたどり着きました。ひとつボタンをかけちがえれば、私も中国名だったかもしれません。

 そして私は、この三ヶ月、行倒れの鳩を看て、空に放したばかりです。情がうつったのか、切ない思いをしていたら、こうして鳩が戻って来ました。小説の形をして。
 ちなみに鳩は「解放」を表すそうです。

 ひろこさん、ほんとうにありがとう。この小説が、たくさんの方に読まれることを願ってやみません。映像でも見たいくらいです。素晴らしい絵を描いてくださった田之上さん、この作品を広く世に送り出してくださったオジャさんに、心より、お礼申し上げます。

 どこまでも大きくなるヒロコクジラが、あらたな世界をすべて飲みこみ、華麗に潮をふきあげる次の作品を、心から楽しみにしています。

2016年4月15日  三上その子(詩人)


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