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脱毛広告観察記 3  「 医療脱毛」の圧

年末年始は京都の実家に帰省していた。関西に戻るといつも実感することだが、公共交通機関の車内、駅構内の広告の量が首都圏のそれに比べて圧倒的に少ない。近鉄、京阪、叡山電鉄、京都市営地下鉄を使って移動したが、脱毛広告を見かけたのは京都市営地下鉄の車内だけだった、それもたった一枚。年末年始という時節柄もあるのだろうか、車内広告の多くは関西近郊の観光地、初詣関係、デパートなどの商業施設、学校関係のものだし、駅のプラットフォームを見渡していても、駅近くの病院や沿線の観光地に関わる広告物がほとんどだ。デジタルサイネージもない。視覚的に静かなのだ。思わずこう呟いたほどだ。

翻って首都圏、都心の車内広告の量は凄まじい。JR山手線車内などは、視界全体を包囲するような広告の量で目眩がする。ちなみに、「車内広告 料金」で検索すると、電鉄会社毎に車内広告の費用を調べられる。料金表を見ると乗降客の数が金額に反映されているのが一目瞭然だ。

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この写真は、帰省の折に、東京駅に向かう京浜東北線車内で撮影したものである。AGAスキンクリニックアリシアクリニックの広告が隣り合わせに掲出されていた。 脱毛と増毛の広告が並ぶ様子は、1週間前にJR池袋駅のプラットフォームでも見かけていた。偶然なのか、意図されているのかは定かではないが、薄毛治療と脱毛治療の広告がここでも並んでいる!
AGAスキンクリニック の広告ではミュージシャンのGACKT(1973-)が、アリシアクリニック の広告ではタレント、モテクリエイター(!)の菅本裕子(1994-)がいずれも水色の背景に白衣をまとい、こちらに視線を向けている。GACKTは上から見下ろす目線で、菅本裕子は上目遣いなのが対照的である。いずれも肌がとても明るく白く見えるように、ライティング、画像処理がなされているようだ。GACKTの瞳は青味がかっているので、カラーコンタクトを入れているのだろう。アシンメトリーでウェーブをかけたボリュームのある髪、伸ばした左手の開いた指、掌から伸びるグラフが、毛髪の「伸び」、「増加」を強く印象づける。白抜きのコピーはゴシック体で、堂々とした口調、説得力を印象づける。

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GACKTのほかにも、ナインティナイン(岡村隆史(1970-)・矢部浩之(1971-))「Dクリニック東京」のCMにが登場していたり、草なぎ剛(1974-)と香取慎吾(1977-)が発毛剤スカルプDのCMが登場しているように、団塊ジュニア世代が中年となって人口のボリュームゾーンを占めている現在、薄毛・AGA治療の広告が増加しているのも頷ける。AGAクリニック がGACKTを登用しているのは、男性のみならず女性もターゲットとしたサービスを展開していることも関連しているだろう。

ところで、GACKT、菅本裕子共に白衣を着て、施術が「医療」(いずれも自由診療で、全て実費負担)であることを前面に打ち出しているが、この2つの広告が並ぶとGACKTは医師、菅本裕子は看護師的な役割を演じているのが明快である。アリシアクリニック の広告には「今年もたくさんの卒業生を送り出しました。さあ次はあなたの番。」とコピーがあるように、看護師の立場から患者さんを誘い、プランをコンプリートして全身脱毛というプログラムを「終わらせよう」と呼びかけている。エステティックサロンTBCが「終わりのある脱毛」という言葉を使っているように、「卒業」という言葉が多用されているのが、近年の脱毛広告の一つの傾向かも知れない。

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アリシアクリニック の広告の一つの特徴は、白抜きや細い書体でキャッチコピーを記すというところにある。文字の造形それ自体には強い押し出し感はないのだが、文言の中に相当強い圧力が含まれている。たとえば、「そのつり革、ノースリーブでつかめますか?」とか、「ワキの甘い人は、たぶん全身甘い。」というキャッチコピー。「脇毛を脱毛していない女性は、人としてどうかしている、終わっている。」と言わんばかりの勢いである。また、十字のデザインが、「医療」であることを示唆するために繰り返し使われていることも、アリシアクリニック の特徴である。

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クリニックのスタッフの制服(白衣)姿を印象づけていることからも示唆されるように、アリシアクリニック は、「身体の規範的なあり方」を、ユニフォーム、フォーマット化された容姿と重ね合わせて示していることが多い。そのことが明確に示されたのが、神田沙也加が登場する2018年制作 のCMではないだろうか。

アリシアクリニック  Chart.3 新社会人(リンクの埋め込みができないので、YouTubeのページでご覧ください。)

4人の女性が揃いの紺色のスーツ、膝丈のスカート、ハイヒールのパンプスを履いて座り、花吹雪が舞い散る場面から始まる。彼女たちは新社会人という設定である。髪型、ナチュラルメークと、その容姿の全てがフォーマット化されている。

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白衣を着た神田沙也加が次のように、女性たちに向かって言う。

「新社会人の皆さん ストッキングの脚大丈夫ですか?各々ご準備を。はい医療〜!各々ご準備を」

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左端の女性に顔を近づけて迫るように言う神田沙也加が怖い、怖すぎる。これは呪いをかけているようにしか見えない。

若い女性、とくに就職活動中の女子学生が「医療」という言葉の元に、「脱毛せよ」というメッセージを繰り返し浴びていたら、「脱毛していないと就職に不利だ」、「社会人デビューできない」という風に思い込んでしまうのではないか。医療脱毛は、美容皮膚科、「自由診療の医療」の領域で行われるものだが、「医療」の名の下に、こんな風に女性たちに呪いをかけ続けても良いのだろうか。






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