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「バカとエロの大縄跳び」から一抜けして欲しい。

『ジェンダー目線の広告観察』を上梓して、ポリタスTVに出演する機会を得た。本の刊行から間もない時点での出演だったので、番組を見て本を手に取ってくれる方が多く本当に感謝している。
この番組の中で、作家の白岩玄氏が男性学研究者の田中俊之氏との対談の中で「バカとエロの大縄跳び」と表現したことについて言及し、男性向けエステの広告の表現を分析した。「バカとエロの大縄跳び」とは、男性が成長過程で仲間からの同調圧力として経験する、一緒にバカなことをしてエロを受け入れないと周囲から男の子として認められないという強制力を持った言動のことを指す。

この言葉を反芻しながら、旧態依然としたジェンダー規範と性差別的なジェンダー役割構造の再生産から抜け出せないでいる広告産業全体のことのみならず、男性中心社会のハラスメント構造について考える。
男同士で連むことで大縄跳びを延々と回し続け、そこから「一抜けた」と離脱することは一切許されていないと思い込まされる。その同調圧力こそが加虐と被虐を繰り返す男性中心社会のハラスメント構造を成り立たせているものに他ならない。現在国内外から関心を集めるジャニーズ事務所の性暴力被害問題は、このようなハラスメント構造が長年にわたって隠蔽してきた暴力のもたらした甚大で深い傷と痛みを露わにしている。

『ジェンダー目線の広告観察』の帯文で、私は「「観る」ことは、抵抗であり闘いです。」と記した。これは昨年末にポリタスTVに出演した時の中の私のコメントである。


本書を通して指摘しているのは、日本の広告に根深く残る旧態依然としたジェンダー規範であり、それは産業界・広告の制作現場で未だに意思決定の中枢に居座り続け、フェミニズムに忌諱の意識を持つ中高年シスヘテロ男性のジェンダー意識を反映している。
同世代およびそれ以上のシスヘテロ男性で、ホモソのヒエラルキーでズタボロに傷ついてきた人たちが多いのは承知の上だが、その心の傷を燻らせつつ、旧態依然としたジェンダー観に固執して諸々拗らせフェミニストへの鬱屈を吐露する心理作動は焼き払うしかない。幸いなことに自分と交流があったり、仕事したりしている人たちは、フェミニズムに関心があり、学ぶことに対して意欲的な人が大半で、そういう交流を保つことで心身を守ってきたけど、世間ではまだ多数派とは言えないし、頑なに学ばず攻撃的な態度を取る人も少なからずいる。(私は言論活動や告知を展開する上で時折オンライン・ハラスメントを受けている。基本的に無視しているが、私は傷ついている。)
敢えて大きく括るが、フェミニズムに忌諱の意識を持ち続け学ぶ機会を持たなかった中高年シスヘテロ男性が、「ジェンダー観を更新しないと時流に遅れるから」という動機で「僕が傷つかない言い方で優しくジェンダーについて教えて」という寝ぼけた言動所作を示す時、その言動が同世代男性諸氏の多数派を占めるものであろうことを思い知らされて絶望しつつ、「ホモソ村ごと焼き払え系フェミニスト」としては火炎放射器の着火装置に手をかける以外の選択肢を思いつかない。

私は観ることで闘い、抵抗してきた。無料の教材・家庭教師扱いをするのはやめてほしい。「お前ら、半世紀以上、何見て生きてきたんだよ、このクソが!」以外、彼らにかける言葉はない。いい加減にしてくれ。

写真は、家父長制ホモソ社会を燃やすための火炎放射器はないものかと検索して出てきたもの。一発で焼き払えるめっちゃ強火なやつが欲しい。

「バカとエロの大縄跳び」への強制参加を余儀なくされていると感じる(その多くは男性というジェンダーを生きているであろう)人たちへ、どうかその大縄跳びから一抜けして欲しい。あなたを粗末に扱う破滅的なハラスメント構造から逃げて、逃げて生きて欲しい。みんなが一抜けしたら、大縄を回し続ける意味なんてなくなるはずだから。


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