「ミニマル美術」展で、シンプルでいられない世界のことを考えた
京都新聞 2023年12月23日朝刊に掲載
ミニマルアートとは、幾何学的なパターンや素材の物質性をシンプルに際立たせて、説明や主観的な感情をそぎ落とした表現。1960年代後半に、アートのトレンドとなった。このグループ展では、コンセプチュアルな作品を制作する若手作家が、ミニマルアートのスタイルを借りて競作する。
木のフレーム、電気ストーブの形をした光のオブジェは松井沙都子、オブラートにシルクスクリーンで文字を印字する高畑紗枝、絹糸に漆の水滴を凝固させた森田志宝、アクリルの立方体にシルクスクリーンで着色したオブジェは越野潤。金村仁は、キャンバスにファストフード店のシンボルカラーを思わせる2色をウレタン塗装した。
ミニマルアートが刺激的だった時代から半世紀以上。世界もアートも混迷している。「情報と感情を廃する」様式をから、参加作家たちがどうはみ出しているのかが、今展の面白さだ。
キュレーションをつとめた岡本光博は、日本とサウジアラビアの硬貨のレプリカを並べ、それぞれに水と油を注いだ。十円玉の平等院鳳凰堂には平安貴族が巨費を投じて築いた極楽世界の池泉庭園があり、サウジの貨幣はオイルマネーを連想させる。混ざりあわないものの例えである水と油が、お金という同じ価値を象徴し、そこから起こる尽きない紛争を想起させる皮肉。やるせなさのミニマル美術だ。(KUNSTARZT=三条通神宮道東入ル、24日まで)
イランのテヘラン美術館で、総金のジャッド作品を見たことがある。当時の王様からの注文だろうか。ジャッドは金に転んでこんな「意味ありすぎ」な作品を作ったのか?と、その時は勝手に推測してたが、この展覧会を見て、じわっときた。もう一度見てみたいが、超きな臭いこのご時世、イランもなかなか行きづらいことになった。