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染色は、もう絵画を目指さなくていい。むらたちひろ展「beyond」



縦2.7メートル。「今までで最大級」というむらたちひろの染色作品は、木枠にゆるやかに固定されて、自然光の注ぐ空間に展示されている。
広い布面には、水や空を思わせる鮮やかな水色の曲線が描かれていて、刷毛の大きなストローク、染料が布の裏表に滲み通った跡が、ふくよかな滲みとしてあらわれている。

キャンバスに絵を描いたことのない人はいても、布が水分を含み、乾いてシミが染まってしまうことに覚えがないという人はいないだろう。

 染色を行う人は、この「染まる」という現象をコントロールして、いかに「染める」かを設計する。意図しない滲みを生じさせないように防染技術があり、逆に、滲みを効果に活かすぼかしの技がある。着物の染め柄は「染まる」ことにある不確定要素をコントロールし、柄を「絵のように」定着させた成果だ。

 美術のなかでの染色作品は、この「絵のように」制作し、鑑賞されることを目指してきた。染めた布をパネルに貼り付ける展示方法も、絵らしくありたいという動機からだ。

 むらたは、美大で染色を学ぶ中で、染料が繊維の間を縦横に「動く」面白さに引きつけられた。この染料の自発的な動きは「染める」行為の中では厳密にコントロールされるべき対象となるが、むらたは、「逆に、それによって失われてきたものもある」という思いに至った。

布と染料が作用し合う動きを作品にとりこむことで、空間的な揺れや時間をあらわせないか。
「染まる」ままに任せる無作為ではない、染料の能動的な染まる動きとのインタラクションは、染色にしかできない制作のプロセスだ。

むらたはそれを、「波を起こす」と表現する。

 それまで小規模な作品で続けてきたこの試みを、今作で大きく表現するため、何度も試作をかさねた。

染料が布に接して染みとおり、乾きながら色合いを変化させてゆく過程を、サイズを変えた布で見極めながら、大型の布の上に波を起こし、色を導いた。

誰もが知っている「染まる」現象で波を起こす。

大きな布面のスケール感を得て、むらたの試みが、こうして体感レベルに可視化された。選ばれた明るいブルーは、「空間が開けるイメージ」。むらたの染色作品はしなやかな布と一体になって、展示空間の光のなか、もう一度、観客の眼の中に波を起こしているように見える。


京都新聞2022年10月3日 掲載

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