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会いにきた

 これは、私が体験したひと夏の、不思議な出来事である。

高校を卒業し、晴れて行きたかった大学の大学生になった私は、悠々自適な大学生生活を満喫していた。分からないことも多かったけど、新しい友達もできたし、授業は面白いし、新しいことにも挑戦できるしで、本当に充実していた。ただ、実家から通っているため、下宿するよりも安いけど、通学費がそれなりにかかっていて、それなりに距離もあるため、一限の日は本当に大変だった。

しかし、大学生になって二年目。世間では新型コロナウイルスが猛威を奮い始め、私の大学も対面授業からオンライン授業に変更になっていた。けれど、田舎だったのと、元々インドア派だった私にはまるでどこか遠い場所の話のように感じていて、実感らしい実感は全くなかった。それよりも、ずっと部屋にいれることや、引きこもっても何も言われず、逆に賛成されることが何よりも嬉しかった。そして、大学への通学費は浮くし、全部オンラインになったことで一限のために早くに寝て、日が昇る前から起きなくても良くなった。それに、好きなことが出来る時間が大幅に増えて、不謹慎だけれど本当にありがたかった。そんな、ある意味怒涛の春学期が過ぎ、大学生二回目の夏が来ようとしていた。

私の家は両親が共働きで、隣に住んでいるお祖母ちゃんの家で晩御飯を食べて、寝起きしている家に戻るという生活だった。寝起きする方の家が建ってからの毎日の週間だったし、最初は違和感があったけど、何年も経った今ではもう当たり前と化していた。

そんなある日。いつもの様に、寝起きしている家に戻る途中のことだった。お祖母ちゃんの家の玄関から出て、角を曲がった先に、白いワンピースにような服を着た黒髪の女の人が一瞬だけ見えたような気がした。私は目が悪く、眼鏡をしていたけど、夜になると昼間より見えにくくなっていたし、それがいた先には白い袋ビニール袋が錆びたドラム缶の上に置いてあったので、それを見間違えたのだと思った。
しかし、それは次の日にも、またその次の日にも現れた。一週間ぐらいは続いていたんじゃないかと思う。それは何をするわけでもなく、ただただうつむいて、立っているだけ。そして、見間違いと思うほど一瞬だけ見える。特に怖いとは思わなかったけど、「またいる」程度には思っていたし、何より驚いたという意味で少し心臓に悪かった。

それが何日も続くので、愚痴ていどに母に話してみることにした。「白いワンピースのような服を着た長い黒髪の多分女の人が一瞬だけ見えるんだけど、心臓に悪い」と。もちろん見間違いかもしれないということも添えて。まぁただの愚痴なので、その時は「へー、そうなの」ていどに終わったが、その2日ぐらい経った日の事だった。またいるんだろうなと思って、玄関から出て曲がると、そこには何もいなかった。いや、本来何もないのだけど、いつもの一瞬だけ見えていたものは見えなくなっていた。「なんだったんだろう?でもやっと終わったのかな?」と不思議に思いながら寝起きしている家に戻ってお茶を飲んでいた私に母が開口一言目、「この間言ってた例の。もう居なくなってるでしょ?」と言ってきた。

母には昔から霊感があり、広島と沖縄の防空壕といった、多くの人が悲惨な亡くなり方をした場所などが、ガチの鬼門で、酷く体調を崩す系の人だった。そんな母曰く、あれはおそらく、近所のおばあさんだったのだろうとの事だった。私は知らなかったが、おばあさんは新型コロナウイルスに感染していたらしく、90歳代で、かなりの高齢だったということもあり、そのまま亡くなったそうだ。そして火葬場へ直行となったことから、ろくにお別れもできなかったらしい。「だから、別れの挨拶のために『会いにきた』のかもね」と母は言った。

私は今でこそ霊感は無いが幼い頃は小人や幽霊なんかも見えていたらしい。今ではその名残かどうかは分からないけれど、どうやら波長が合うと見えるタイプらしく、今回もそれと波長が合ったため、一瞬だけ見えていたのだろうというのが母の見解だった。

私は、お別れもそうだけど、新型コロナウイルスを心配して『会いにきた』んじゃないかと思っている。近所に住んでいるおばあさんは私のひいおばあちゃんの友人で、ひいおばあちゃんが亡くなってから交流らしい交流はなくなっていたけど、それでも小さい頃は可愛がってもらっていた。だから、自覚が薄くて、実感が湧いていなかった私や家族を心配して、「自分のようになっていないか。自分のようになったらダメだ」と言いに来てくれたんじゃないかと思っている。

亡くなった人の想いなんて分からないし、これは生きている者のただの想像でしかない。けれど、そう思うことは自由だから、『会いにきた』ことへの「さようなら」と、「ありがとう」を、あの日優しくしてくれたおばあさんへ捧げたい。


#2000字のホラー

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