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わたしはワガママではない。

大人になり、「ワガママだなぁ」と言われるよう
になったわたし。けれど、子どもの頃は正反対。

今回はなぜ、こんな風に真逆なことになったのか
お話いたします。

わたしは歳の離れた兄と2人兄妹。いつも両親が
兄のことで話をしているのを耳にしていました。

すると

「またアレを買って欲しいって言ってる。」
「またお金を送金して欲しいと言ってる。」
「また・・・・。」

いつだって兄は両親を困らせているようでした。

わが家は普通のサラリーマン家庭。余裕のある生
活でもなく、身体の弱い祖父母は入退院を繰り返
す日々。当然兄のワガママっぷりには困らされる
状況。

兄が勉強したいと言えば工面してでも塾に通わせ。
留学したいと言えば、父はいつも同じジャケットを
着てでも頑張る日々。キツイ夜勤もこなしながら私
立大学にも通わせる。お金が足りないと言われれば
生活費を切り詰めて送金する。

そんな姿をわたしはいつも見て育ってきました。
だから、欲しいものを両親から問われれば、

「欲しいモノはない。」

こう答えるのが常でした。
だって、兄と両親のやり取りを見ていて、ジブン
は親を困らせるようなコトを言ってはいけないと
思っていたから。

だから大学時代、下宿するコトになった時も、


「お洒落なマンションに住みたい」


なんてとても言えず。決めたのはボロボロの古い
木造二階建てのアパート。

女子大生なのにおフロもトイレも共同。

その汚さと言ったら、4年間浴槽には怖くて一度も
入ることが出来なかったホド。このトキ兄から言わ
れたのは、こんな言葉でした。

「これじゃあ彼氏も呼べない。」
「女の子なのに可哀相すぎる。」

それでもわたしは両親の手前、無理をさせられない
ことは分っています。

勉強時間を少しでも増やすために通学ではなく下宿
をするように父が勧めた場所。お洒落なマンション
に住むためにアルバイトだってすることは出来ませ
ん。

両親の大変さをわかっているが故に、下宿代と生活
するための最低限の仕送りからさらに貯金も始めま
した。

そのためには食費だって毎日考えて料理をする必要
があります。お昼も毎日お弁当を作り持参しました

芸術系の学科だったこともあり、作品制作にかなり
の費用もかかりました。しかし両親から別途お金を
貰うこともなく月々の仕送りで賄うコトができまし
た。

当時は、書道をするのに新聞も使っていました。
消耗品である紙代も安くはないので。
もちろん、新聞だって無料購読期間限定でとり、
普段は図書館で読んで節約。

それだけでなく、大学時代、わたしはテレビすら
持っていない学生でした。父から学生には不要だ
と言われ、欲しいと言うことが出来なかったから
です。

その代わり、学生は勉強するのが本文だからと色
気のない事務机を置かれていました。

ジブンで働いてお金を得る様になるまで、こんな
生活をずっとしてきたからか?

卒業後、教員として働くようになり、欲しかった
ものはすぐに買いました。欲しいものは欲しいと
言うようになりました。

そして誰かに相談されたり、お話をする時に、ジ
ブンの意見をシッカリ主張するようになりました。

だって、学生時代までは何を聞かれても相手を困
らせてはいけない心理が働き、いつだって

「どっちでもいい」


としか言えなかったのですから。すると、いつの間
にかわたしのことを


「ワガママだ」


なんて言う方もちらほら。

今の時点を見ると確かに、ジブンの想いを口にし
ますし、欲しいものは我慢することなく手にしま
すしそう感じられるかもしれませんよね。


けれど、実は地味な過去もあったと言うお話でした。


↑大学時代6畳一間の和室に置かれていた机イメージ図


~かおのことが気になるあなたへ~

分かりやすそうに見えて、なにか掴みどころがな
いと言われるわたし。他のnoteも手にとってみて
くださいね。そこにヒントがあるかもしれません。
大切にしてきたベースとなる考え方などお話して
います。どうぞこちらもご覧くださいね。


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