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52Hzの弔いを。1

「みーかんーのはーなが、さーいているー」

母はその歌を子守歌にするのが好きな人でね。私は母のその声が好きでね。

悲しい事があるときは、母の声色を真似てよく口ずさんだ。

その暖かさだけが私の心を護ってくれていた。

五才になる少し前の梅雨。私には『おとうさん』ができた。

建って間もない県営団地へ引っ越した日の朝。

若草色した玄関扉の前で、「お父さんと呼べ。」と。

静かに不機嫌なその人は言った。

母のお腹には赤ちゃんがいるらしい。

アスファルトに落ちては直ぐに焼かれる雨の匂いが、なんだか胸を不快にザワつかせた。

新しい家。新しいおとうさん。新しい生活。新しい家族。新しい朝。

希望のない朝だ。    それ、1.2.3.

幼稚園では蟻を潰す男の子が私のお友達で

セミの羽を毟る男の子が私に砂をかける。

首に下げた鍵を1人でまわして。どうして誰も居ないのに「ただいま。」なんて言ってたのかな。

15:00になったら1人でシャワーを浴びて。「みかんのはな」を歌いながら髪の毛に埋もれた砂を流す。

今日も19:00には「おとうさん」が帰る。鼓動が穏やかでいられる時間はいつもあっという間。



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