福音の少女M、エトランゼの花嫁。こじらせ前世のタイムマシン。
夜行バスはタイムマシンのようだ。昨晩から遡りすぎて、前世まできてしまったのだが、相当こじらせていたようだ。
ーー立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
そんな言葉をなぞりたくなるほど、少女の存在は完璧だった。美人で、成績が良くて、ピアノも弾けて、歌も上手い。それに他の子が知らいない本を読んでいた。
14歳の時、同じクラスになった。名簿順だと前後、もしくは隣を確保できた。母校では毎朝礼拝があり、かならず讃美歌を唄う。少女の歌声はみずみずしいアルトで、わたしの左耳は右耳よりさぞかし幸せだった。今思い返しても、やはり特別だった。
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ある時、一冊の小説を静かに手渡してくれた。「麦の海に沈む果実」と書かれた、鈍色の文庫本。
「おんだ、りく...?」
きっと、私がテレビ版「六番目の小夜子」がどうのこうの、と話していたのだろう。彼女の持つ、夜のような黒髪と、新雪のような肌の白さ...勝手なイメージの連鎖が、小夜子役を演じる栗山千明に着地しただけなのだけど。
読書は好きではないし、文章を書くの苦手だった。国語の宿題は絶対に手をつけなかった。けれど、彼女に手渡された一冊は、聖書よりも重みがあった。
自分が認められたような気がしたし、少女との共通言語が増えたことが嬉しかった。教室サイズの天国を手に入れた、そんな風に感じていた。
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同じクラブに所属していたし、大事な演奏会の前には手紙交換もした。ミニーちゃんの柄のレターセットがなんとも少女らしかった。大人びた言葉運びが3枚分綴られると、さすがのミニーちゃんも少し居心地が悪そうに見えた。
そのちぐはぐ感がたまらなくキュートだと思ったし、何より手紙に綴られた言葉全てがわたしのためにペン先から滲みでているのだから、これは相当天国的だった。
とある少女が与えてくれた、小説と手紙。
わたしにとっての福音だった。無機質な"文字"を、特別な力を秘めた"言葉"にしてくれた。いつかわたしも、天国をしたためたい。
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「あなたが結婚したら、生きていけない!」
「わたしだって、控えめに言って発狂する!」
冗談交じりに近況を語りあう機会も、ここ2,3年めっきり減った。中高6年間を過ごし、別の大学へ進んだ。就職先も東京と関西。それぞれの選択の連続は、淡々とわたしたちを遠くへ離していった。
疎遠になった友人に、気軽にLINEができない病の人は少なくないと思う。圧縮度の高い、蜜な言葉で語り合った仲間ほど、当時のリズム感を意識してどうにもうまくいかない。そのままアプリを閉じてしまう。
透明な緊張感を溶かしてくれたのは、彼女の方だった。最後に会った時に「いま付き合ってるひと」という殿方と結ばれるらしい。
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少女は明日、花嫁になる。
どうしようもなく寂しいくせに、連絡ひとつ、手紙ひとつ書けなかった救い用のない薄情者。前世の記憶をうまく引き継いでこれなかった、現世のわたし。
天国はまだ遠く、想いは指先でとどまったまま。
白昼夢の桜に誘いだされて、月を眺めては、飾り気のない気持ちを伝えたがっている。
結婚、おめでとう。
たくさんの拍手にまぎれるわたしの祝福が、どうか届きますように。
さみしいけれど、とてもきれいで、きっと来世のわたしもこじらせてる。
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