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思い立って1人でタイ語しか(ほぼ)通じない街へ行く話①

助手席に乗った瞬間に後悔した。これはやばいかもしれない。事故ったら最悪死ぬかもしれないし、そもそも本当にちゃんと走れるのか? 焦りと不安が一気に頭を巡った。

ランパーン駅についたのは昼11時くらい。チェンマイ駅から特急で2時間。とちゅう電車に乗っていたときは、山あいで雨が振っていたが、駅についた頃には快晴で容赦なく日差しが照りつけていた。駅の出口に自分以外の観光客の姿はなく、数人のソンテオの運転手が観光客を相手に(つまり自分しかいない)待ち構えていた。タクシーは見当たらなかった。黄色と緑色のツートンカラーのソンテオしかない。値段交渉が苦手なので、事前に乗車料金でタクシーを選べるGrab(タクシー配車アプリ)を使いたかったが、Grabのアカウント作成にはSMSが必要で、タイ入国後にAISのデータSIMを購入してしまった自分はSMSが利用できず、Grabの登録ができなかった。まあ地球の歩き方にも各スポットの行き方はソンテオがほとんどだったしソンテオにするかと思った。運転手のおっちゃんに、予めホテルで聞いたおすすめの寺の名前(ワット プラタート ラムパーン ルアン)を告げ、地球の歩き方に載っている他のスポットを指さして見せた。しかし、地球の歩き方に書いてあるタイ文字は字が小さくて、おっちゃんは読めなかった。「読めないから代わりに読み上げてくれ」と頼まれた。タイ文字の種類や声調記号を読み取り、声調や有気音・無気音の区別の気をつけながら、発音して読みあげた。タイ文字もちゃんと勉強していてよかったと感じた。

すると、おっちゃんの一人が「お前タイ語話せるのか?」と聞いてきた。咄嗟に「少しだけなら」と答えた。本当に少しだけなら、だ。レストランで料理のオーダーができたり、ごく簡単な会話ができる程度だ。「そうかそうか、それならこの寺もいいぞ。とても美しいぞ」とおっちゃんが持っているA2サイズの色褪せた写真つき観光リストを見せてきた。何度も折られた紙の折り目や端はかすれていた。地球の歩き方にランパーンの紹介はホテルやショップも含めて3ページしかなく、おっちゃんが見せてくれたリストの寺は載っていなかった。

せっかくの一人旅やし自由に行ってみよう。もともとランパーンに来たのも思いつきだったし。おっちゃんのおすすめも含めて、とりあえず行ける範囲で行こう、と思った。まずは、目当てのワット プラタート ラムパーン ルアンだ。わくわくしながら、ソンテオに乗り込む。乗客は自分一人だけだったので、ソンテオの荷台のシートではなく、助手席に座らされた。

が、車内は驚くほどボロかった。埃や汚れがたまり、シートや天井には染みがついていた。エアコンはない。その代わり、青い透明な羽の小型扇風機をフルパワーで動かす。ドアに取り付けられたハンドルを回して窓を全開にした。シートベルトはがちがちに固まっていた。何も言わずにおっちゃんは発車させた。けたたましいエンジン音が鳴り響く。車体が揺れる。スピードメーターは壊れていて、何km/hで走っているのかわからない。そして、今まで乗ったソンテオのなかでもひときわスピードが出なかった。たぶん50km/hも出ていなかったように思う。大通りでどんどん後続の自動車に抜かれていった。追突されるんじゃないかと心配だった。Uターンのときは反対車線を凝視して、よし今だ!行け!と心の中でおっちゃんに合図を送った。そもそも乗ったときにすぐに、やっぱりやめます降ります、と言えばよかったが、すでに走り出していて自分にはソンテオ以外の交通手段がなかったし、なにしろ自分のタイ語の語学力が圧倒的に不足しており、どうやって要求を伝えて中途半端に走った距離の値段交渉やらなんやらを含めて対応すればいいのか分からなかった。と、いうか、単純に勇気がなかった。


おっちゃんはすぐに脇道にソンテオを進めた。スピードが出ないからそのほうが安全だし走りやすいだろう。田んぼに囲まれた道をひたすら行く。たまに現れる小さい寺や民家と放牧されている牛をぼんやり眺めた。

自分にはまだこういう旅は早かったのかもしれません。思えば今までタイ旅行はタイ人の友だちと一緒にいる時間がほとんどで、自分1人でほぼタイ語しか通じない街で、ボロいソンテオの助手席に乗って過ごすなんて無謀だったかもしれません。どうにか無事によい1日になりましように。と、祈った。

(つづく)



ランパーン駅


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