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自分について少し。

思い切って少しだけ自分のことを書きます。

みいけねえこ、とはみなさまお察しの通り「三毛猫」から来ています。
娘が母の日にプレゼントしてくれた三毛猫のぬいぐるみは宝物です。

幼少期に三毛猫を飼っていました
片目が生まれつき開かなくて、祖母が無理やり開けちゃったから、
片目は青白かった猫でした。
親猫は三毛猫、その子猫も三毛猫。
祖母は三毛猫しか飼いませんでした。
片目しか見えなかった子猫は、なぜか私によく懐いていました。
名前は「ちび」と言いました。

でもある日、姿を見せなくなりました。
祖母に聞いても、「どこ行っちゃったんだろうね」とばかり。
猫は、何かあると飼い主の前から姿を消すと、
幼い頃から聞いていたので、
ちびは、何か私に隠し事があって、
ばれたくないからいなくなっちゃったんだ、と
自分に言い聞かせました。
ずっとずっと待っていたけれど、帰ってきませんでした。

だいぶ大人になってから、母からちびのことを聞きました。
隣の家の壁の間から出れなくなり、そこで死んじゃってたと。

大人になってからでもショックでした。
話を聴いた時は「そうだったのかぁ」と納得したフリをしたけど、
あんなに待っていたのに、死んじゃってたのかって。
そうか、またか。って。

私の父も、ずっと待っていたけど帰ってきませんでした。
母の実家へ引っ越してから、数回顔を見せに泊まりにきたけれど、

「お父さんはあっちで働いているから、いつか会いに来るから。」

と母に言われ、妹と弟にもそう言っておいてくれ、と
お姉ちゃんだからと
頼まれました。
妹と弟、特に弟は、ずっとずっと質問してきました。

「お父さんはどこにいるの?いつ会えるの?」

私には、ちゃんと答えることができなかったけど、
毎晩仕事で疲れて帰ってくる母に代わって、

「お父さんはお仕事で忙しいから、いつ会えるか分からないよ」

と答えるのが精一杯でした。
弟と4歳しか離れていないのに、姉として長女として、
母のことも気にしながらの小学生生活でした。

そして母から父との離婚を告げられました。
小学校6年生の時でした。
母は、祖父祖母に私たちをまかせ、働いていました。
離婚したことを、妹と弟に、私からうまく伝えてくれと
頼まれました。
まだ父が帰ってくると信じている妹と弟に
どうやって事実を伝えようか。
6年生の私はいつも考えていました。
でも、日々自分のことでも精一杯な中で、
二人に離婚のことを伝えることはできないままでした。

もう妹も弟も成人になってからです。
まずは妹に、帰省した時に、

「分かっていると思うけど、お母さんは離婚してるよ」

話のついでの様に、伝えました。
妹は、

「やっぱりそうだったんだね、すっきりした。」

とその時は言っていました。
でも、妹のことだから、
自分で事実を消化するのに、時間をかけたかもしれません。

弟には、だいぶ経ってからです。
私が結婚してからだったと思います。
弟は

「え、帰ってくるって言ってたじゃん。」

と、今まで自分に言い聞かせていただろう言葉を吐き出しました。

「あっちで働いてるからって言ってたじゃん。
 だから帰って来れないって言ってたじゃん。」

弟は、感情を閉じ込めていたのだと思いました。
私は弟に謝りました。

「ごめん、早くちゃんと伝えておけばよかった」


だから、私は、隠し事が好きではありません。
母も祖父も祖母も、
子供だった私たちに心配をかけたくなかったんだろうし、
悲しい思いをさせたくなかったんだと思います

ちびのことも、父と母のことも。

でも、事実を伝えないことで、
こんなに心に傷がついてしまうんだと
体感したのです。

もちろん、言わなくていいこともあります。
伝える時期があるってこともわかります。
だけど、事実を受け入れなければならないものを
先延ばしにするのは、あまり好ましくないなって。


母も大変だったと思いますが、
私たち子供が、この様な感情を持ったことは知らないでしょう。
母も自分のことで精一杯でしたから。
それぞれに事実を自分ごととして消化するのに、時間が必要でした。

父はその後、どこでどうしているのかわかりません。
今、生きているのか亡くなったのか、
再婚したのか、
私たちのことを覚えていてくれているのか。

弟が、戸籍謄本が必要な時があり、
初めて父の生まれた場所を知りました。

いつか兄弟三人で、訪れてみたい。
私たちの血の半分は、父親からのものだから。


最後までお付き合いいただきありがとうございました。







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