失恋のBIBOUROKU(前半)

30分以上私は遅れてきたというのに、両手を添えた彼のカップの中身は、半分以上が残っていた。

四ツ谷駅のベックスコーヒー2階。一番奥の角の席。彼はいつもの黄色いジャンパーを着て座っていて、私に気づくと右手をキレイにあげた。でもいつもの、何か面白いことを思い付いたようなニヤニヤした顔はなくて、目があったと思ったら、すぐ顔を下げてしまった。いや、顔を下げて目線をそらしたのは私の方だったのかもしれない。

「まずは久しぶり」

カップから手を離して彼がそう言う。これを待ってた。ここのところずっとLINEでしか連絡を取っていなかったから、直接声が聞けて嬉しくなっていた。そして、

「単刀直入にいうと、別れていただきたいと思っている」


言いながら、彼は机につきそうになるくらいに頭を下げた。

いい声だった気がする。聞き間違えることが100%ないような、はっきりとしたスマートな声。でも聞き惚れる間もなく、やはりそうか、と気が抜けてしまって、あまりよくは覚えていない。ああ、気が抜けるというか、胃がえぐられるという表現の方が近かったと思う。

その後少し話をして、最後に「幸せになってね」と言って席を立った。せいぜい10分くらいであったと思う。伝えたいことはたくさんあるのに、全然出てこなかった。もっと話したいけれど、早くここを去らなければという考えが気を焦らせた。

席を立って振り返ろうと思ったが、振り返らなかった。そうしてはいけない気がして、吐き出したいが吐き出さない思いを、さらにグッと体の奥に押さえ込み、階段を小走りで降りた。


つづく


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