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読書記録⑧『夜が明ける』西加奈子著

直木賞作家の西加奈子さんのファンは多いと思う。特に女性。テレビやラジオにも出演経験のある彼女は、気さくな関西弁で熱のこもった話し方をする。見た目も華やかで笑顔もチャーミングだ。プロレス好きという男まさりなギャップもいい。音楽の趣味にしても、昔のレコードで名を馳せたような海外の歌が好みだというからかっこいい。
彼女の本のカバーイラストは、ほとんど毎回彼女の手描きだ。クレヨンでゴリゴリに描かれたそれらの絵も、生命力に満ち溢れていて本にますますエネルギーを注いでいる。


今回読んだ本は、そんな魅力的な作家、西加奈子が書いた『夜が明ける』だ。一度表紙の絵を見たら忘れない。褐色の男の太い首から鼻までのクレヨン画。喉仏と剥き出しの不揃いの歯。皺に沿った水色の線は血管を表現しているのだろうか。とにかくインパクトの強い絵だ。


読んだ感想を一言で表すなら「苦痛」。読んでいて、ひたすら苦しくなった。いい小説を書きたいと思ったら、よく「主人公を虐めればいい」という。別にいじめっ子を登場させるわけではなく、ただただ主人公に辛い試練を与えろという意味だ。『夜が明ける』を読んでいると、ああ、こういうことか、とストンと納得がいく。だって実際「もうこれ以上苦しめないで」と主人公の「俺」と重要人物である「アキ」を不憫に思いつつも、次々と起こる無情な展開から目が離せない。間違いなくいい本だ。


きっと著者だって書いている間中、苦しかったはずだ。自分で物語を書いておいて?と思うかもしれないけれど、もう物語が走り出したら作者は見守ることしかできないと思うから。作者にできることといったら、彼らの行動、仕草、感情、心象風景などを少しでも正確に、効果的に描写することだけではないだろうか。色々なタイプの小説家がいるだろうから一概には言えない。でも西加奈子作品からは、特にそういう抗えない物語の勢いのようなものを感じる。


『夜が明ける』は主人公である「俺」が15歳の頃、1998年から33歳になる2016年までの期間を描いた物語だ。冒頭で「俺」は友達である「アキ」の話を聞いてほしいと読者に話しかける。同時に「俺」が知っているのは、アキの人生のほんの一部で、そのアキはもうこの世にいないということもほのめかす。その言葉通り、「俺」とアキは高校を卒業してしばらくして、ほとんど関わりがなくなっている。だからこの本で語られるアキの大部分の人生は、「俺」の手元にあるアキの日記に記してあったことから判明したことだという。


主人公である「俺」の名前は出てこないが、アキの本名は「深沢暁」だ。でも「アキ」という呼び名は本名からくるものではない。「俺」がアキに教えたフィンランドのマイナーな俳優、アキ・マケライネンから由来した呼び名だ。二百センチメートル近い身長といい、いかつい容貌といい、アキはマケライネンにそっくりだったのだ。すでに40歳という若さで亡くなっているアキ・マケライネンの存在は、この物語に大きく関わっている。


物語は「俺」の人生と「アキ」の“その頃”が交互に語られ、また時折、ひらがなで書かれた短い日記のようなものが挟まれることで展開していく。そのひらがなの文章の正体はクライマックスで明かされる。アキについて語られている部分は、三人称になっていて日記調ではないから、「俺」が解釈したことを語っているのだろう。
たった数年しか時間を共有することのなかった友達だ。数十年ある人生で、いくらインパクトの強い人間でも「そんな奴もいたなぁ」程度の認識で終わるはずだった間柄だ。でもこの物語は、過去にかつての友達が綴ってきた日記を通じて、会わなかった時間を埋めるように彼への理解を深めている。
人間死んでしまったらおしまい。そこで時は止まったまま。だって共有した思い出はもう過去にしかなく、更新されることもない。悲しいけれど、そう考えてもおかしくない。でも「俺」は、アキの残した数冊の汚れた大学ノートを真剣に読んだ。そして心も動かされた。


アキの日記の大部分に書かれていたのは、別に「俺」に向けた思いではなく、アキ自身の生きてきた淡々とした毎日だったと思う。でも彼らには共通点があった。楽しかった高校時代から、人生がどんどん辛く苦しいものへと変わっていく。二人の性格は全く違った。「俺」は負けず嫌いで体育会系な考え方をした、ちょっとギラギラした感じがする雄々しいタイプ。逆にアキは、大男の見た目とはギャップの激しいものすごく優しい性格の持ち主だ。


アキは出会った人たち、特に女性に対して自分の存在そのものが彼女たちを脅かしてしまうことを恐れ、自分の気配を消すかのように気遣っている。母親に半ば虐待されて育ったような彼は不器用で、人と上手くコミュニケーションがとれず、常にお金がない。
お金を盗まれたことに腹を立てたり自暴自棄になる様子も見せず、やがてホームレスのような状態になって数人にリンチされた時も、一切反撃をしなかった。


一方で「俺」は、テレビ業界に就職し、ADとして多忙な生活を送っている。高校生の頃に父を亡くし、平凡な生活が一変。奨学金を借りて大学に通い、時には周りの能天気そうな同級生たちを見下してきた。社会人になった当初は、過酷な労働環境も気合と根性で乗り切り、野心を抱いて日々をなんとかやり過ごしていた。
お世話になった父世代の恩人に「負けちゃダメだ」と励まされ、ずっと「俺は負けない」と意地を張って生きてきた。でも業界のブラックぶりは凄まじかった。精神を病んで辞める人がまともに思えるほど。読んでいてずっと息苦しかった。痛々しかった。


極端な睡眠不足。トラブルに次ぐトラブルで、対処に追われることは日常茶飯事。先輩からはどやされ、大物俳優からのセクハラや執拗な絡みに耐える日々。心も身体もボロボロになる。でも“負けたくない”「俺」は必死でしがみつき、その溜めている澱んだものを、自傷行為や外側への攻撃性で誤魔化し続ける。追い詰められていく「俺」が、泣いている小さな男の子みたいに感じられた。
しかしこんな状況下だったからこそ、一つ納得できたこともあった。アキと疎遠になっていったことだ。「俺」の視点になっている時も、アキの話はほとんど出てこなかった。自分のことでいっぱいいっぱいの時に、他者が入り込む余地なんてない。それはアキも一緒だったのだろう。
そして性格の違う二人だが、お互いに“誰かに助けを求めることができない”という性分は同じだった。「俺」はたぶん強がりと、恥をかきたくないという気持ちから。アキは人に迷惑をかけたくなかったからだろう。


人生にいじめ抜かれ、暗いどん底に転がっていくだけのように見えた主人公たちはしかし、ラストで救われる。アキの人生はもう終わりを迎えてしまったわけだが、晩年に奇跡的な出会いがあった。アキはでも、きっと今までの自分の人生だって恨んだり呪ったりなんかしていない。
希望を失って気力を無くしていた「俺」にも、救いの手が差し伸べられる。それは意外な人物からで、その人物が放った言葉は力強かった。空気が変わった。その後の伏線の回収も見事だった。


「俺」の人生は続いていく。だから単純に「めでたし、めでたし」というわけにはいかない。この本の中には、実際に現実で起こった事実、事件が記されている。有名な芸人の母親が生活保護を受給していたこと、秋葉原殺傷事件、知的障害者福祉施設殺傷事件、政治的な問題、差別問題、貧困問題。
それらは遠い世界の話ではなく、置かれた環境や関わった人間やちょっとしたタイミング、精神状態で誰にでも起こりうることかもしれない。ニュースのインタビューや新聞に書かれたような要点をまとめた短文では読み取れない。こういう小説を読むと、荒んだ精神状態に陥るまでの心身の変化が、ぐっと近くに感じられる。


濃い長編小説を読むと、その後どっと身体が重たくなる。今回もそうだ。読んだだけでこんな状態なのに、これを書いた著者はどれだけ心身ともに消耗したことか。小説家ってすごい。私も物語が書きたい。今はまだ長編を書けるほどの体力も精神力もないけれど、短編をコツコツ書いて、いつか短編集にしてKindle本を出版したい。
良書に出会うと、圧倒されると共に力を与えられる。


西加奈子著『夜が明ける』。ライトな話ではないけれど読めばきっと血肉のように、読み手の一部になってくれる。人生に深みを与えてくれる、そんな一冊だ。興味を持った方がいたらぜひ読んでみてほしい。

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