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倫理の好きだった先生

タイトルはintonarumoriの「り」から、担当はまゆりです。


「先生」と呼ばれる人に今までの人生で何人出会ってきただろう。
思い返してみると高校時代はとりわけトリッキーな先生との出会いの連続だった気がする。

女子校という環境で、恋愛もなんだかよくわからないし、定期テストと数学の補習に追われ(数学が本当に苦手だった)、合唱部に明け暮れた高校時代。
3年生の時に倫理を教わった先生を時々今でも思い出す。

入学当初から公民科を担当している先生のことはたびたび友人から聞かされていた。「にっしー」なる愛称で呼ばれ、ファンを名乗る生徒も多数。
グレーの髪を七三に分け、四角い眼鏡をかけ、小物遣いが効いた小洒落たファッション。ポケットに片手を入れながらちょっと気取って廊下を歩く姿をよく見かけた。
高校生活の序盤、こんな楽しそうな先生と全然関わりのなかった私はちょっと悔しい思いをしていた。3年生になり教科ごとの担当教員が発表され、にっしーに倫理を教えてもらえるとわかったとき、「これでわたしもにっしーギャルの仲間入り…!」と心の中で小さくガッツポーズをしたのを覚えている。

にっしーの倫理の授業はジャズの音楽を10分ほど流すことから始まる。倫理の先生なのにラジカセを持ち歩いているのだ。
わたしのクラスの倫理の授業は午後最初のコマだったので、多数の生徒はここで眠りに落ちていく(私ももれなくその一人だった)。調子がいいと「ぼかぁね…(僕はね…)」とロマンチスト気味に授業と関係ない話が始まっていく。時々喋りすぎてテスト範囲が終わらず、焦っていたような焦っていなかったような。
全然脈絡がなくて、でもうっとりと語られるこのにっしーの雑談がわたしは大好きだった。ちなみに一番印象に残っている話は「鳥が飛んでいる途中に息絶えて落ちてくる瞬間に、短期間で2回も遭遇してびっくりした話」。

まわりのにっしーギャル達に圧倒され、在学中に先生としっかり話す機会は残念ながらなかった。私たちの卒業とともに定年退職をされたのだが、最後の授業の日、先生から一冊の本がなんと卒業生全員に配布された。
おすすめの映画200本や小説、自身が教師生活で寄稿した記事や大学時代に書いた小説まで、音楽への熱意もすごい…全部でおよそ140ページに及ぶ壮大なにっしーの記録。
わたしは大好きなにっしーの雑談の時間を10年分くらいもらった気分だった。

高校を卒業してから随分と時間が経った。
にっしーから貰った本は、今でも手元に置いてある。情報量が多すぎて全部は読み切れていない。今日読んだページには「Don't Think Twice, It's All Right」の言葉があった。先生、ディランも好きなんだな。本を開くと、あのまどろんだ空間でちょっとうとうとしながらにっしーの話を聞いていた午後に帰ったような気分になる。

今でも現役のにっしーギャルの友人に時々先生の様子を聞くとまだまだお元気なようだ。RCサクセションの「ぼくの好きな先生」を聞くと、なぜだかにっしーのことを思い出す時がある。この歌に出てくる先生とは全然違うのだけれど。
本の最後には「この冊子の感想やおもしろい映画や本の情報があったら教えてください」と丁寧に連絡先が載っている。
先生は私のことは覚えていないと思うけど、いつか手紙を書いてみたいと今日思った。

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