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同じ2時間・・・のはず

同じ2時間でもどうしてこう違うのか。

朝型の時に体感する2時間と夜寝る前の2時間、同じ2時間のはずなのにかなり体感的に違うように思う。

朝の2時間というのはいわば朝方生活の理想とする2時間だ。仕事前だったり作業の前だったりと寝起き感漂っているはずなのに、目覚めてしまえばここまで充実することがないほどのいい2時間が迎えられる・・・らしい。

自分は残念ながら朝起きてもそこまで充実した感覚を得られたことはしばらくない。2時間のうち1時間はどうしてもグダってしまうし、残りの1時間も一応なりに形をつくるものの、前日から決めたことを忘れているせいかなかなかに充実感はないけど余白をうまくできたというような落第点的朝の過ごし方になってしまう。

これに対して夜の2時間というのはある種の無敵感を感じてしまう。夜寝るまでということで朝と同じような2時間なようで最悪寝る時間をずらすことができる・・・まで考えているかは分からないが時間の延長が可能だ。

だから無敵かというとそれだけではない。朝に比べると部屋の外は暗くなる、そして部屋の中というのは明かりをつけているため明るさが一定である。つまりは部屋の中という限定的空間を作ることができる。

時間も延長でかつ限定的空間を作れる。これこそが夜の強みだ。ここまで集中しやすい環境ができると朝の日の光に比べて実は夜のほうが集中できるんじゃないかと思う。

例えば寝ている間に学習という効果はあると思っていないが、寝る直前に勉強することで寝ている間に思考が整理されるという話はある。ということは夜の2時間でいろいろ頑張ったほうが寝ている間に脳の整理がつくということで朝よりもひょっとしたら強みがあるのではないかと思う。

ただ夜にあって朝だけにあるものといえばやはり日の光である。この光は何事にも代えがたい唯一無二のものである。こればかりは夜が勝てない要素である。

朝と夜の2時間を比べて夜側に良さを見出そうとするあたりやっぱり自分は(いまだに)夜型なんだと思う。実際このnoteの投稿時間も寝る直前なのでこのような時間だ。

#日記   #エッセイ   #朝と夜

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