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花篭⑤ / 自作小説

 揺らめく水の圧力の向こうに離れた気配の方から、美那子の甘い声が響いてくる。

「彼女さんにもあんなに上手に優しく触れてらっしゃるのかしら。」

 不意の美那子の質問の意図をはかりかねて黙っていると、また向こうから美那子の気配が水の揺れと同時に近づいてくる。

「お答えにならなくてもよろしいわ。人間って不条理だもの。さあ、立ち上がって。」

「見えないと歩くのが怖いよ。」

「それは貴方が見えるからよ。まだ見てはだめ。」

 また美那子に手を引かれ、浴槽から恐る恐る出て、幼児のように覚束ない足取りで歩く。

 そして幼児のように頭から身体全体を柔らかな厚手のタオルで丁寧に拭かれる。

 言われるがまま、成されるがまま。抗いがたい甘さに服従して委ねるくすぐったい照れの混じった心地よさ。

「そこに座って少し待ってて。」

 美那子に手を引かれ数歩歩いた先で身を反転し、恐る恐る裸のまま腰を落とし、背もたれのある少し大きめのソファーらしき物に身を沈める。背もたれがゆっくりと少し下がり、心地よい。

 美那子は何をしているのだろう。微かな機械音から髪でも乾かしているのかと考えながら待つ間、これからを想像し興奮が高まっていく。

 足置きがある事に気がつき足を載せ、ひじ掛けに両腕を載せてリラックスしていると、少し眠気を覚える、

 濡れた目隠しの上に、ゴーグルのようなものが被せられ、濡れた目隠しが取り払われる気配を感じて、はっとする、

その矢先に、両手と両足が何かに覆われ自由を奪われた。

 驚く間もなくピリピリと軽い電流が流れ皮膚を刺激し、その反射で背中が瞬間のけ反り、同時にシンボルが屹立する。

「マッサージチェアだから安心して。反射っておもしろいわね。見事に情けないお姿ながら、セクシーだわ。もう少しお待ちになって。それと、濡れたままだと気持ち悪いかと思って、目隠し交換いたしましたの」

 少し離れたあちら側から聞こえる、からかうような美那子の言葉に安心しながら、肌を走る軽い痛みも覚えるくすぐったい刺激に身が時折軽く痙攣する。

 もう、手足の自由も奪われていた事に気付きもしない。

「もう痛くないでしょう。さあ、あの、セックスする部屋へ戻りましょう。」

 全身に走る軽い痺れに痛みを覚えくなり、寧ろ腰の骨から湧き上がるような快楽が次第にせり上がって来る。

 美那子の声に、視覚と手足の自由を解かれ、また立ち上がるのを予想して身構えていると、不意に椅子ごと身体が動いた。手押し車になっているのか。

また軽い引き戸の音に続き、ごろりごろりと車が回る音が響く。


「もう何もしなくていいわ。全て委ねなさい。これ以上は、これから先、多分もう、経験できないわ」

「君はいったい」

「私は籠の中の花よ。全てを与えられて奪われた花。何一つ不足なく与えられ、何の制限もない。でも私は動けないの。わかるかしら?」

「…、今の僕が少しだけそうかな。」

「少しだけ。でもまだよ。私に委ねてください。いいえ、もう委ねるしかないのだけれど」

 美那子の口調が少し変わったように感じながら、視界を奪われた暗闇の中で手足を拘束され、裸のまま手押し車に載せられて運ばれる自身をどう形容できるか想像してみる。

 ずいぶん、奇妙な状態になったものだ。

ごろりごろりと車の音がまるで迷宮を下るように響く。


「さあ、もうすぐ目を開いてもらうから、少しだけ待っていて。」

車がとまったかと思うと、不意に耳を何かに塞がれ、同時に旋律が耳を支配した。


 バッハのカンタータ 「目覚めよと呼ぶ声あり」
 
 バッハが鳴り響き始め、美那子の指先の気配を感じると同時に、暗闇が取り払われる。

 
 真っ白な部屋の床や壁や天井全てから反射する外の光が目に飛び込み失明するばかりにまばゆい。そしてその光が、次第に晩秋の夕暮れのオレンジが混じった薄いピンク色に落ちついていく。

 その光の先に混じり、人影が見え始め、次第に明らかになるその視界に飛び込んできた像に言葉を失い目を見張った。


 弥生・・・

 まぎれもなく人影の一人は、彼女の弥生だった。

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花篭④はこちらより


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