魔法にかけられて

Enchanted

邦題「魔法にかけられて」


絶対好きだよって君がオススメしてくれた映画がそれだった。
君と並んで一緒に観た以来、1度も観ていない。

内容はあまり憶えていないけれど、お姫様がアニメの世界から現実世界へ飛び出して、それをさらに王子様が追いかけて現実世界へ。
ファンタジックな世界観が好きな僕にはドンピシャに心に刺さった。

その心に刺さった何かをずっと忘れられずにここまできているような気がしている。


あの頃の君は何でも出来たし、何でもしてくれた。

料理も出来て、気も遣えて。所謂、女子力があるってやつ。

「皿洗いは任せるね」
「はいはーい」

そういえば皿を洗うのだけは嫌いだったっけ。
それでも嫌な気持ちもなく、すんなり引き受けられたのは君の女子力の賜物なのかもしれない。

あの頃の僕は負けじと「君のため」に何でも出来たような気になっていたし、何でもしてあげていたつもりだった。

君のためにしていたことと言えば思い返せば皿洗いくらいだったのに。

もっと尻を叩いてもらうべきだったと思う。
こんな僕の鼻を折るような、こらしめるくらいに。

それでもいつだって君は優しくドアを叩くような、いや、むしろそっと撫でるかのような、そんな優しい言葉をくれていた。

「そのままでいいよ」
「頑張って」

って。

それに反比例するかのように止めても止めてもスヌーズを繰り返すアラームに似た、どこからともなく聞こえてくる声。

「このままでいいのか」
「周りを見てみろ」

小さい頃は20代に入ればすっかり落ち着いて定職にも就いて家庭を持って、そんな世間でいう当たり前な人生を送ると思っていた。というか、それを信じて止まなかった。

何にも知らないくせに少し大人びて頑固に進んできた分、いざそこに立ってみたら自分の器量も熱量も追い付いてないことを知った。

こんな大人になるなんて想像もしてなかった。

それでも自分が鳴らす音以外は気付かないふりをしながら、何につけても「君のため」と自分の中で託けることで、甘えている自分を肯定することに対して頑張っていたように思う。

それって結局は「自分のため」で「自分のせい」。

いつだって物語の中心にいたのは僕と君で、それ以外はどうでもよかったのかもしれないし、正しい頑張りどころも頑張り方も分からなかったのかもしれない。


魔法が解けたのは突然のことだった。


もっともらしい理由を付けて、あえて僕の悪かったところは指摘もせず君は去って行った。
それは良くも悪くも君なりの優しさだったのだと思う。


君はもういない。


そして、「君のため」なら何でも出来たはずの僕ももういない。
いや、元々何でも出来た自分なんていなかった。気が付けばまた託けてしまっている。

「君のため」という言葉で「君のせい」にしてしまう悪い癖ももう解かなければいけない。

失くしてしまうことが怖いのはなんだって一緒で。
ただ若い頃の男女の関係におけるそれはより顕著だと思う。

失くさないように失くさないようにと大事に大事にする分、盛り上がって空を飛ぶほど浮ついた気持ちは、失くした時に大きな反動を受ける。

魔法が解けた瞬間、箒に乗れなくなった僕は堕ちるしかなかった。

しかし、今となっては堕とされてこそ。
堕ちなければ地に足は着かない。

生殺しのように少しずつ少しずつ堕ちて、やっと地に足が着いた時には穏やかな気持ちが出迎えてくれる。そして、少しだけ感謝も。

君は何でも出来たし、何でもしてくれてたから好きなのだと思っていた。

今でも嫌いになんてなれていない。

ということは、そのままの君を好きだったのだ。
ちゃんと伝えればよかったのだけれど。


一足先に現実世界に旅立った君へ。
追いかけるように僕も現実世界へ足を踏み入れたよ。


今はまだ慣れない世界に足取りも朧気だけれど、何とか上手くやれている。

それでもたまに思い出す。
離れていてもお互いの部屋から見える同じ星座の話をした電話も、会いに行くのにワクワクした電車の乗り心地も、君が毎週来てくれた曜日のことも、今では行きたくない駅のことも。

今度は30代を目前に控え、スヌーズの間隔もどんどん狭まってきた。
生活は相変わらずままならないけれど、君がいなくなった僕の世界を埋めるようにたくさんの人と出会うようになった。

それは君が僕の心の鍵を開けておいてくれていたからなのかもしれない。

堕ちている間は地面ばかり見ていた。

やっと見上げた夜の空には昔、君と電話しながら話した星座が変わらない美しさでそこにあった。

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