勝手にアニメキャラのセックスを想像してみた

第21回 新沼文世−2

肩には「ソフトシャンタンフラワー」といわれる、肌の見える白い刺繍が施され、深草色の生地に、同じ色のリボンがついたフィット&フレアーのワンピースを纏ってパーティー会場に現れた私を見た知人たちは、みな驚いた。そして一斉に私のそばに駆け寄った。
「文世の今日の格好さ、お前にしては大胆だね」
「文世、色っぽい」
「なんか、イメージが変わったね」
口々に褒めそやす彼女達に、私は
「うん、もう……みんなお世辞ばかり言って……」
と、思わず言い返した。
「そんなことないよ、新沼。お前、結構スタイルいいじゃん。自分で思っているほどお前は『ちんりくりん』じゃないよ」
と、編集部の先輩が声をかけた。
「先輩、本当ですか?」
「ここで社交辞令を言ってどうする?」
私と彼女がそんなやりとりをしていると
「新沼さん、その格好素敵ですよ」
と、よく通るバリトンボイスが、私の耳元で聞こえた。
声の出た方向に視線を向けると、一人の男性が穏やかな笑みを湛えながら、先輩の隣に立っていた。
舩見幸汰。私が今関わっているプロジェクトを担当する広告代理店「博通堂」サイドの、実質的なプロジェクトリーダーである。180㎝はあろうかという、すらりとした長身の持ち主。遠目から見ると細身のように見えるが、すぐそばで見ると、かなりがっしりとした体つきをしている。いつも高そうなスーツをにも纏い、女性のハートを掴むのがうまい。そのせいか、彼はいつもそばに複数の女性を従えていた。確か年齢は、30歳を過ぎたばかりだといっていたか。
「新沼さん、あなたの今日の服装は素敵ですね。先輩の方が言うとおり、あなたは決して『ちんちくりん』なんかじゃない。もっと自分に自信を持った方がいいですよ」
『そうですか……」
舩見さんは魅惑的な笑みを浮かべながら
「それに、あなたは口にしているほど『幼児体型』じゃない。バストもボリュームがあるし、ウェストも締まっている。今日のドレス、とても似合っていますよ』
世間で言うところの「デブで禿げでキモい」おっさんが、まったく同じセリフを会場で口にしたら、他の参加者から「セクハラ」だと騒がれるだろう。そうならないのは、彼が漂わせているオーラのせいかもしれない。
「新沼さん、せっかくファッション誌に配属されたのだから、この業界に詳しくなろうという意識はないのですか?」
「ハア」私は小さい声で返事をすると
「私、ファッションというのは、言ってみれば『恵まれた人』のためにあると思っているので……」
「そうですかね」
「違いますか」
「新沼さん、あなたは出版社に入れたし、このパーティーにも参加している。そのこと自体、自分が恵まれた人だとは思わないのですか?」
言われてみれば、と思いつつも
「でも、私の場合はこの出版社に入れただけでもラッキーだと思います」
と答えた。
すると舩見さんは
「そうですか。だったらそのラッキーが続くようにがんばらないといけませんね」
と、急に真面目臭い表情で言ってきた。私は思わず
「ハ、ハイ、がんばります!」
と、意気込んで言ってしまった。
ハハハハと舩見さんは大声で笑い、
「新沼さん、期待していますから」
といい、他の女性参加者と連れ立って、私の前から去って行った。

舩見さんとは、その後も会議やパーティーで何度も会った。
彼は、私を見るたびにファッションのアドバイスをもらった。そして最後に決まって
「素敵だね、きれいだね」
と声をかけられた。
面と向かって「きれいだね、素敵だね」
といわれて、気分を悪くする女性はいない。それが例え「社交辞令」であっても、だ。私がそうなのだから、他の女性もきっとそうだ。
もっと彼に誉められたい、認められたい。その一心で、私は他のファッション雑誌やWebサイトを見て、最新のファッション動向を研究した。休日前はほぼ徹夜で雑誌の記事を読みあさり、ネットサーフィンをしていた。
その効果があったのか、私は出会う人から服装を誉められることが増えた。外部の方々からは
「さすがファッション雑誌編集部の方は違う」
と褒めそやし、同期の人間は
「最近オシャレになったね、文世。あなた、ひょっとして恋してるんじゃ?」
と突っ込まれることも増えた。そして編集部の先輩からは
「新沼、最近仕事もオシャレもがんばってるじゃん」
と誉められることが増えた。そして決まって
「好きな人でもできたか?」
と尋ねられた。私はそのたびに「いいえ、それはないです」と真顔で返事するのだが、先輩たちは
「まったまた~、新沼、お前冗談がうまくなったなあ。それだけ一生懸命になっているのは、誰かに恋しているからだよ」
とからかった。
他人から「お前、恋しているだろ?」と突っ込まれるたびに、私はムキになって否定する一方で、いつの間にか舩見さんに対する思いが、日々膨らんでいることに当惑した。
会議で彼の姿を見るたびに、声を聞くたびに、私の心臓は早鐘を打ち、体中が熱くなった。このころの私は、本気で彼に恋をしていたのかも知れない。
実は私は、この時まで恋愛未経験者だった。つまり「処女」である。
通っていた中高一貫校は女子校で、そこから指定校推薦で入学した大学は、キリスト教系の女子大学だった。太宰治などが好きだった私は、大学では日本文学科に進んだ。
この学科は他の学科に比べると、おとなしくて真面目な子が多かった。もちろん彼女達も、私と同じくらい地味で野暮ったい服装で、学校に通っていた。
そして私が通う大学は、他の男子大学生とのインカレサークル(他大学の学生と合同で活動を行うサークル)が活発で、男子大学生が言うところの「合コンしたい女子学生」のアンケートでは毎年上位にランキングされた。週末ともなれば、「今日は○○大学と合コンなの」という話が、キャンパスのいたる所で交わされる。もちろんカップル成立率も高く、在学中に複数の男子学生をとっかえひっかえする学生も結構いた。
だから私は、周囲のそんな光景を見て
「大学選びを失敗した。単に『偏差値が高い』とか『就職に有利だ』という観点じゃなく、校風が自分と合っているかどうかで選ぶべきだった」
と後悔した。
休み時間、図書室や学内の静かな場所で読書に勤しむのが何よりの楽しみだった私にとって、彼女達の恋愛観は、私の考えるそれとはまったく真逆だった。
「せっかくこの大学に入ったのだから、利用しない手はないわよ。合コン人気を利用して、男を品定めするの。そして将来性のある男子学生に、積極的にアタックする。そのくらいのしたたかさがないと、これからの世の中は生き残れないわよ」
学内で知り合った友人たちの多くは、そう言って私を誘った。しかしそのたびに私は、なんだかんだ理由をつけては、彼女達の誘いを断った。
「そんな~、もったいなーい。文世さ~、あなた自分が思っているよりスタイルも容姿もいいんだからさ、もっと自信を持ちなよ。お化粧とファッションセンスをもっと磨けば、男がドンドン寄ってくるよ」
というクラスメートの言葉には、曖昧に笑ってごまかした。
彼女達も、私みたいな子を相手にしてもしょうがないと思ったのだろう。しばらくすると、私を合コンや飲み会に誘おうという、奇特な子はいなくなった。
ゼミの打ち上げで、ゼミ生と共に飲んでいると、文学論をたたかわせていたはずが、いつの間にか恋愛の話になっていたということも多かった。
酒が入ると彼女達は決まって、やれ他大の学生に誘われただの、合コンした、デートした、イケメンの男子大学生と寝たという話題に夢中になった。恋愛経験のない私は、ひたすら彼女達の話に「はあ、はあ」と相づちを打つことで、その場をごまかしていた。
私の所属していたゼミには、10数名いただろうか。ゼミのメンバーは私をのぞいて、それなりに恋愛経験を積んでいた。私が所属したゼミのメンバーで、卒業するまで処女だったのは、おそらく私だけだろう。他のメンバーは最低でも3~4人、多い子では10人以上の男性と関係を持っていたはずだ。
卒業パーティーに足を運んだ時、会場内でゼミは違えど、同じ学科の複数の仲良しの子と、恋愛事情の話をしたことがある。彼女達の情報によれば、私が所属する日本文学科の中で、処女はほとんどいなかったのではないかと言うことだった。もちろん、その時私が話した子たちも、全員が「少女からオンナになった」ことに、私は内心ショックを受けたものだ。
そんな私が、舩見さんに恋心を抱いている。
そのことが、私にとっては最大の衝撃だった。
だが彼に認めてもらうためには、仕事で結果を出さなくてはならない。
彼に「オンナ」として認めてもらいたい一心で、私は死に物狂いでショーの準備を進めた。

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