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寝れるカモミール 17

「日曜日ですし」

オヤスさんは、そう言って私とライの足元をちら見しながら、紅芋タルトとプルーン、それからお茶を3つテーブルに置きました。

「え、ごめんなさい、これなんですか?」
「あ、バームクーヘンです、よかったら」
「えー、わざわざすみません」

「あの、まぜそば屋さんは、」
「あ、そうルカさんね、うん、日曜日ですし、寝てるんじゃないですかね?あの人はだいぶ良くなりましたから」

「良くなった?」

「ええ、先月末に会った時も、だいぶ良くなってました」

「良くなってたってどういう意味ですか?」

「うーん、あまり詳しくは・・・ふふふふふ」

良くなった?ってなんでしょう?
今は良くなったから、まぜそば屋さんを閉めていて、今までは良くなかったから、まぜそば屋さんをやっていたってこと?いやいやいや逆だろ。


でも、それは、私にとって逆なだけなのかもしれません。

まぜそば屋さんにとっては、あの最高のまぜそばを作ることが「良くなかった」ことで、お店を閉めている今が「良くなった」可能性だって、あります。大いにあります。私だって、生きるために物を作っているけど、自分にできることをやっているだけで、ワークホリック気味な生活を、まぜそばだけが生きる希望なこの生活を、「良くない」と言う人はいるでしょう。
それに、もしも、ライやリイさんに「良くない」と言われたら「そんなことない」と思いつつも、きっと「良くない」のかもしれないと考えこんでしまいます。

お店を閉めているのは、何かが起こっているからとか、第三者の介入によるものだとか、そんなこと勝手に決めつけて。傲慢な客aka山﨑サン。戦意喪失。少し黙ります。

「でも、きっと、夢の中で過ごしていると思いますよ。あ、どうぞ召し上がってくださいね!スリッパの色でお茶請け決めてるんです〜」

「あ!へぇ〜!いただきます!」

ライが愛想笑いをしながら、湯呑みを手にしています。

「おふたりとも、なんか大丈夫そうな感じではありますけどね」
「え?大丈夫そうって言うのは?」
「あ、なんかよく眠れていそうなその感じがします」
「え!えー?でもほら、隈とかすごくて」
「ぜーんぜん全然全然」
「でもお茶とても気に入っちゃって」
「ありがとうございますー」

「なんで、電話でお話しし通り追加購入とかって」

「もちろんもちろんもちろん、なんですけど、でも今回はあの無料で少しお分けしますよ」
「え?」

「このお茶、眠りたいと思っている人にしか効果がないんです。睡眠に困ってない人には、ただのカモミールティなんで。私が売っているのは、眠れると言うプラシーボなので。カモミールティ自体に、値段をつけることができません。なので、もしも、眠れなくて真剣に困る日が来たら、紙に書いてある通りのやり方でお茶を飲んでみてください。きっと、お役に立てますから。」

「でも、ほんとに私も眠れてなくて」

「えー?ほんとですか?」
「ほんとです!」

「じゃあ、尚更、今回はそうだな3日分差し上げます。効果があったら、また来てください。」

「3日分。でも、え、聞いても良いですか?」
「なんでもどうぞ」
「なんで、こんなことしてるんですか?」
「なんで?こんなこと?」
「だって、商売道具あげちゃってていいんですか?」
「うーん、商売、商売だけど運営できる程度の資金があれば大丈夫なので。大事なことは眠ることなので。」

「なんのために?」

「なんのため?うーん、心配事をなくすため?心配なんです、眠れてない人。そんな無理して起きてなくてもいいよ、って思うんです。眠る方が幸せだったら、眠ってな、良い夢見てな、息さえしててくれれば良いよって思うんですよねえ。よく、死んでからいくらでも寝れる!とか言う人いますけど、死んだ人は起きないから。起きるところまでが、睡眠です。眠れてない人ってどこか頑張り過ぎてる気がしてて心配なんです。」

「でも!」

黙ってるつもりが声を出していました。

「まぜそば屋さんは、起きてますか?全然お店開けてないですけど、ちゃんと起きてはいるんですか?先月会ったって言ってましたけど、今月は?起きるところまでが睡眠なんですよね?起きてる保証は?ちゃんと連絡!ちゃんと連絡とってますか?」
「ごめんなさい、失礼ですけど、ルカさんとどういったご関係?」
「ファンです」
「ファン?」
「まぜそばが、生きる希望なんです・・・(;;)」



泣かないって決めてたのに(;;)

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