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寝れるカモミール 22

夢じゃないなら、犯罪だ。

「ごめんなさい、開けてもらえちゃいました」

開けてもらえちゃっている。

「えと、今日って」
「あ、日曜日です」
「あ、ああ日曜日」
「4月16日の」
「ああ、そうですか」

日付を言われてもピンとこない。

「え、なんで、なんか約束とか」
「あ、いや、してないです、そういうんじゃないんですけど」

じゃあ、なんなんだ。

「ほんとに、私も無理矢理起こしたりしたくなかったんですど、どうしてもルカさんに会いたいって人がいて」

「え」

「ごめんなさい、怖いですよね、でももう今日は、なんか周りくどい言い方したくなくて」

急になんなんだマジで。誰に会えと?怖い。これが怖くない人いなくないか?え、あ、これって、こういうのって強面の黒いスーツきた見た目通りに怖い人が家に乗り込んできて、木に括り付けられたりするやつか?

「連れて来といて、その配慮何?って感じなんですけど、流石に家の中に入れるのは抵抗あったんで、下で、あの私の車で来たんで、車で待っててもらってます。」

「あ、はあ」
「どうですか、会ってくれますか?」
「・・・ちょっといきなりすぎて」

ただ怖い。車と聞いて余計怖い。ミナさんはいい人だ、けど、初めて会った時から強引なところがある。

「あはは、ですよね、すみません、正直私もよく知らない人なんですけど、ルカさんのファンらしいですよ」

「え?」

「ファン」

「なに言ってるんですか?」
「本人がそう言ってました」

「ファン?」
「はい」

「ファンって、なんですかアイドルとかにつくやつじゃないんですか」

「いやいやラーメン屋さんもファンつく仕事じゃないですか?」

「ラーメン屋、あ、ああお店」

そうだ。私はまぜそば屋だ。まぜそばと汁なし坦々麺を売って生計を立てている。お店を開けないと、

「今日、日曜日ですよ」
「あ、そうだ、そう言ってましたね、そうでした」
「はい、おやすみでしょ?」

現実世界の自分のことを徐々に思い出してく。お店、あ、発注、止めたんだっけな、日曜日は定休日だけど、きっと何度かの日曜日だ。

「すみません、起こして」
「あ、いや」

「会えました?ワンちゃん」

夢の中の自分のことも明確になっていく。
また、会えなかった。もう少しだったのに。

「いや」
「そうですか」
「でも、やっぱり、居心地がいいです」
「それは、良かった」
「だから、もうちょっと眠りたいです」
「ですよね」
「お金、足りてますよね?」
「そんなこと気にしないでくださいよ」
「でも、」

「契約通りです。それにまだ1カ月も経ってないですよ」

最後にミナさんに会った日、30日分のカモミールティと専用アプリを買った。

専用アプリを作ってもらうにあたって、綿密なカウンセリングを受けた。

カモミールティを飲んで無課金のアプリを使うだけで、眠ることはできる。だけど、ずっとカモミールティとアプリに依存して眠ることになるだけで、根本的な解決には至らない。

私の悪夢障害を解決するには、私用にカスタマイズされた専用アプリを使って、できるだけ長く良い夢を見て、その中で問題を解決すること。それがいいんじゃないか、と提案された。

アプリの金額はカモミールティと合わせて、およそ私の年収の半分だった。

まぜそば屋=生きることになっていた私に払えるギリギリの額。それを払って、1か月くらいは休めるお金が私の全財産だった。私が、私の人生について相談する人はもうこの世にいない。全て自分で決めればいい。意を決して購入することを告げると、眠っている間の家賃や光熱費など生活に必要な費用、さらにお店の家賃や維持費まで「寝れるカモミール」が、つまりミナさんが持つという。だから1カ月とは言わず、好きなだけ夢の中でリラックスしてから、あの犬と正面から会ってほしいと。

カモミールティも30日分、と言ったくせに専用アプリを作るなら1カ月ごとに追加料金なしで持ってくる、というから、もう30日分ですらない。アプリを使って、私が夢を見てるか、見てないかは監視させてもらう、でも、それは安全に眠り続けられているか確認するためとのことだった。

少し怖いし、うまい話すぎて、やっぱりマルチや詐欺の類なんじゃないか、とも思ったけど、カモミールティを飲んでアプリを使って見ることができる夢は、私にとって、この方法以外では得ることができない、どうしたって本物の世界だ。 

「ほんとに起こしたくなかったんですけどね。でも、もしかしたら、そのファンに会った方がはやいのかなとか」

「はやい?」

「いや、うん、ルカさんのためになるような気が、不本意ながらしたんです。」

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