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寝るカモミール 20

「え、いいんですか(;;)?」

「はい」

「え、なんで?ですか?」
「なんで?や、あの向井さん怖いんで」

「あ(;;)」

「お金儲けのためにカモミールティ売ってるわけじゃないけど、命張るほど使命感持ってやってるわけでもないんで、その、自分が一番です。保身第一。自分が1番大事です。自分より他人が大事って言っちゃったら偽善になっちゃいますね、私の場合。いきなりブチギレた人になんでもできちゃいそうとか泣かれたら、ね?」

「ごめんなさい(;;)」

「いや、あっはっはっ、半分冗談です。私も情熱を持って始めたことなので、あのその、わかりました伝わりました、うんはい。じゃ、まああの、行っちゃいましょうか今からみんなで!」

「え、いきなりですか?」

「ええ、少しでも長く夢の中にいてほしいって気持ちは変わりませんから、連絡はしたくないです、でも別の日に行くのも、ね、私も皆さんも暇じゃないだろうし。あ!それ、食べてくださいね、食べたら行きましょ、ちょっと準備してくるんで、ゆっくりしててください〜」

客間に2人を残して、自室に入る。
アプリを確認すると、ルカさんはやっぱり今、夢の中にいる。
私が思う顧客たちの幸せは夢の国で幸せに暮らすことだ。悪夢は、現実があるから見るのだと思う。過去や未来があるせいで、トラウマや不安があるなら、夢の中で永遠に今だけが続けば、それが幸せじゃないか。自分が夢の国を提供しただけに、強制的に起こすことにかなり罪悪感がある。きっとルカさんは夢の国にいる方が幸せなのに。

私もそうだから強く思う。起きていても楽しいことなんてない。この仕事は自分で選んだ。好きで始めたはずなのに、日々をこなしている。それに、こうやって人に怒られることはよくある。事務所に顧客の友人や家族が乗り込んできたことも初めてじゃない。その怪しいお茶を飲み始めてから寝てばかりいるとか、お金をあなたに全振りしている、とか。ファンと名乗る人が来たことは初めてだけど。

そんなに夢の中に居られるのが嫌なら、近くにいるあなたたちが助けてあげればよかったのに。こうなる前に。私と会う前からそばにいたあなたたちが、起きている世界をもっと幸せにしてあげればよかったのに。顧客がこんなこと望んでなかったと怒ってきたら心の底から申し訳なく感じるけど。周りにいる人に詰められるのは不服だ。

とはいえ、無理だったんだと思う。私にキレるくらいその人を思う人が近くにいても、夢の国に居たいなら。きっと何もしてあげなかったわけじゃないんでしょ?何もさせてくれなかったか、何をしても無理だったんでしょ?わかっててキレてるなら、あなたが次の顧客になる気がする。

なんで今から自分を曲げるようなことをしようとしているのか、ファンが来たのは初めてだったからか。あの泣き顔に何かを感じてしまったのか。まさか本当にこの子たちを怖いと思ったなんてことはないと思う、けど、わからない。

「お待たせしました〜」

「あ、ごちそうさまでした」
「美味しかったです」

「よかった!じゃあ、行きましょうか、車出すんで家出たとこで待っててください〜」

さっきブチギレた方は、車と聞いて一瞬不安そうな顔をしたけど、白田と名乗る子は全く動じていない。どちらかというと、こっちの子の方が何をするかわからなくて怖い。肝が据わりすぎている。

車を車庫から出して止まると、助手席に白田が乗ってきた。

「あ、こっちでいいですか?」
「もちろんもちろん」
「ありがとうございます、あの、向井さんが荷物多くて」

バックミラー越しに後部座席を見ると、ブチギレ氏とリュックが仲良く座っている。

「荷物、多いですねえ」
「あ、はいちょっと色々」

なんとなく、中身は知らない方がいい気がする。

「多分、20分くらいで着きます」
「行ったことあるんですか?」
「や、はじめてです。でもお店の近くみたいですよ」
「そうだったんですね」
「徒歩圏内って言ってました。」
「じゃあ、そっか、そうなんですね」


気まずい空気が流れる。


「あ、なんか聞きます?これ繋げば好きな音楽とか流せますよ」

白田にケーブルを渡す。

「え、あ、え〜、やむっかいさん、なんか聞きたいのある?」
「え、なんだろ、や、どうかな」

「あはは、困りますよね、なんかラジオでも流しますね」


ラジオをつけると、この星でやっている戦争の近況を形式上2行くらいで伝えてから、アップテンポで陽気なラブソングが流れてきた。全て忘れて踊ろう歌おう君しかいないよ愛してる、と歌っている。夢の国へ誘うことがただの逃避であることは、私もわかっている。わかっているけど。


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