君は本物の腐卵臭を嗅いだことがあるか

この話には食べ物に関する非常にもったいない話が含まれている。筆者は猛烈に反省しているが、なるべく面白く書こうという姿勢が出てしまっているため苦手な方はブラウザバックしてほしい。

多くの人は義務教育のうちに硫黄という物質について学んだだろう。そう、温泉とかの独特な香りのもとで、大涌谷の下の方で黄色く燻っている物質だ。
あれは大体気体になっていて、毒性をもっている。そして硫黄ガスがあたりに充満していたとすれば、一酸化炭素などと違いすぐに分かるだろう。特殊な機器をもってしなくても、だ。

腐卵臭、そう称される独特の匂い。前述した温泉とかの独特な香りのことで、嗅いだことが無い読者の方はぜひ神奈川県の箱根に行くことをお勧めする。硫黄からはこの匂いがするのだ。人によるが、私は嫌いな臭いではない。

さて本題に入ろう。腐った卵の臭いと書いて腐卵臭。皆様は本当に卵の腐った臭いを嗅いだことがあるだろうか。少なくとも十数分前の私は嗅いだことがなかった。おそらく読者諸氏もおおかた嗅いだことはないだろう。卵なんて腐らせるようなものでもないし、まぁ多少消費期限がすぎていても加熱してしまえば問題ないはずだ。

私は先月初めから今月初めまで帰省していた。久しぶりの東京。たくさんの電車、米軍基地から飛び立ったであろう海軍のF/A-18E/F戦闘機。懐かしいものばかりだ。帰省を終え、楽しい思い出に浸りながら北海道までもどったとき、一抹の不安が私の頭をよぎった。

冷蔵庫の中どうなってんだろ……

当然、事前にほとんど空になるようにしたし、開けた商品は食べきるようにした。しかし、帰省する日、なにか見落としていないだろうか。

往々にして嫌な予感は当たるものだ。
家にたどり着いた私は写真やお土産の整理を終え、冷蔵庫を覗いた。

そこには卵がほとんど丸々ひとパック取り残されていた。

ヤバすぎる。

なんでよりにもよってナマモノを。しかも帰省前で既に消費期限切らしててあー、早めに食べなきゃなー。とか思ってたはずのものを。

シールを確認する。記入されていた消費期限は、6月。そう、上下反転すれば9月。今月じゃないか。私は見なかったことにした。

9月も下旬、いい加減カタをつけなければ。私はゆで卵を作ることにした。固ゆで卵の加熱時間は8~10分。少し短い気がする。なにせ三か月ぶんの重みだ。12分茹でることにした。パックから残っている卵を取り出す。出てこない。何故だ?と思い横からパックを見てみる。卵の脇から薄黄色の液体が漏れ出ていた。私が取ろうとした卵からは少量が漏れ出ていて、それがパックとくっついて取れなくなっていたのだ。

ヤバすぎる。

冷蔵庫の奥側にあった数個は、パックの下のほうに薄黄色の液体が溜まっていた。やめておこう。幸い手前の方は液体が漏れ出ていることはなく、手前の方三つを予定どおり茹でることにした。もったいないからだ。

12分とはなかなか長く、私は実家から持ってきた戦闘妖精雪風のOVAを見ることにした。やはり最高の空戦アニメだ。秀逸な機体デザインや他にない独特なキャラクターや人間関係など、賞賛すべき点は多岐にわたる。

夢中になっていると、鍋の方からジュウジュウと音がしていることに気が付いた。急いで一時停止し、鍋に向かう。案の定吹きこぼれていた。あーあー、やっちまったな。鍋を上げると、ジュワジュワとお湯が蒸発していく。しかし何か様子がおかしい。いつもなら蒸発したら後には白っぽい何かが残るだけで、なんということはない。しかし今回、お湯が蒸発したあとには透明のゲルが遺されていた。わけがわからないよ。

私は怖くなったが、今更辞めるのも癪だ。試しに湯気の匂いを嗅いだが、別に何ともない。茹でるだけ茹でてしまおう。私はそれっきり鍋につきっきりになった。

茹で上がって、お湯を切ったときにそれに気づいた。
卵が、べたついている。当然といえば当然だろう。水が蒸発したあとにゲル状の物質を残すほどだ。その水の中に長時間あった卵がべたつかないはずがない。私はやっと、諦める決心がついた。

しばらくなんのやる気も起きずに、炊飯器だけセットして戦闘妖精雪風を見ていた。小説とは違うが、これはこれでよいラストだ。

だいたい40分後、重い腰を上げて鍋を洗うことにした。そこで三度目の異変に気付く。台所がマジでくせぇ。何の臭いかはわからない。高校時代、生物部で嗅いだ腐った死骸の臭いとも違う。名状し難い、度し難い、しかし何かが腐っていることだけははっきりとわかる。そうか、さっきまで分らなかったが、これが本物の腐卵臭だ。

しばらく石鹸水に漬けてから洗った。私は中学の理科の授業を思い出していた。先生はこう言った。
「卵が腐った臭いに似ているから腐卵臭といいます」
真っ赤な嘘じゃないか。本物の腐卵臭はもっと別ベクトルでヤバい臭いがした。

食べ物を粗末にしてしまったことは素直に反省し、再発防止につなげよう。
二度とこのようなことは繰り返さない。固ゆで卵より硬い誓いと、稀な経験を得た日であった。以上。

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