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私と家族のお話。

はじめに

こんにちは、こんばんは。
開いてくれてありがとうございます。

私は4月よりレンタル〇〇な人として、
事務所に所属して話を聞いたり、一緒に悩んだり、遊んだり、もしかしたらちょっとアドバイスしたり。
そんな活動を始めます。

もし「レンタル〇〇な人」を詳しく知りたい人がいたら"よもぎちゃん"か"公式プレサイト"を見てみてください。

私と家族のお話

今、もし私がレンタルされるなら〜という空想ブログを1つあげて、2つ目を書いてる途中なのです…が!
よもぎちゃんの依頼者さんのお話から、自分語りを少しTwitterでしたら思いのほか反応があったので少し詳しく書いてみよう!と思った次第です。

話の前に

ひとつ、話を進めるにあたって書いておきますが、私と家族の間柄は良好です
とても支えて頂いています。

ですので、"家族と縁を切りたい"とか、"家庭にものすごい問題がある"とかお悩みがある方には、参考にならなかったり、気分を害してしまうかもしれません。

あくまでも"過保護な親とその子供"の一つの物語と考え方です。

私の両親

まず、私の両親のお話をします。
私の両親は30代で結婚、40歳で私を出産するという、いわゆる晩婚・晩産です。

母は私を産むまでに何度か流産を経験しています。体質的に難しかったみたいです。
私も産まれる前は、医師に"産まれても未熟児や障がいを持って産まれるかもしれない。"と言われて覚悟をしていたそうです。
私の後にも男の子が一人、お腹の中から出れずにお空へ旅立ったそうです。

私自身いつその話を聞いたかは覚えていませんが、きっと私は何か運命があって生まれることができたのだと、聞いたときから思っています。
それが何かは今も模索中ですが、何かをやり遂げるまでは、簡単には居なくならないぞ!と鬱を患いながらも思ってます。
希死念慮とか時々ある中、思いとどまるのはこのおかげかもしれません。

父は几帳面で真面目、そして人見知りで、気をとっても使ってしまう人です。
私が幼い頃は、とても厳しく育てられました。
男性の大声が苦手なのですが、きっとこのときのことが引っかかってるんだなーと思います。
でも、父のことは大好きです。
厳しく育ててくれたのも子供だからではなく、1人の人として接してくれたからと感じています。
今では飼っている犬に甘々なおじちゃんです笑

そんな2人に育てられた私、学生時代から一人暮らしをするまで、ちょっと過保護でした。(特に母親かな)

・周りの子より何時間も門限が早かったり
・誰とどこに遊びに行くのか逐一聞かれたり
・帰りが遅いと最寄り駅まで必ず迎えに来たり
・外泊なんかもあまりさせてもらえなかったり
・アイドルに憧れて応募しようとして止められたこともありました。笑

もちろん過保護というくらいなので、逆に甘い部分もありました。

・毎日お弁当を作ってくれたり
・クリスマスや誕生日のプレゼントがすごかったり

学生時代は仕方ないと思っていたのですが、成人して社会人になっても、あまり変わらなかったので、これは社会活動がし辛いな?と感じたのと、
どんどん高齢になっていく親に負担をかけたくないな…(本人たちは負担だと感じてないかもしれませんが)と思ったのが一人暮らしを始めるキッカケです。

一人暮らしを始める時のお話

私が一人暮らしを決心して、両親に話したとき、勿論反対されました
東京生まれで駅も近く割と便利で不自由なく過ごせるのに、何故出ていく必要があるのかと。

私は自立がしたい。
負担をかけたくない。
自分の時間が欲しい。
休みをゆっくり取りたい。
(実家は私の部屋という部屋はなく、共用スペースとカーテンで区切るだけだったのです。)

きちんと時間をかけて何度も話をして、なんとか了承を得ました。

幸い、犬を飼いはじめた少し後だったので、私が居なくなるという寂しさなどは、その子が埋めてくれているようです。

一人暮らしを始めた後のお話

善は急げということで、物件をいくつか見てすぐにビビっときたところを即決しました。

引越しも実家のワゴン車で段ボール6箱とリュックとトートバッグだけ。
前述した通り、実家では自分の部屋という部屋が無かったので、家具もあまり無く、必要最低限で引っ越しました。

なので、引越し当初はニトリで急いで買ったクッションと大判のバスタオルがお布団でした。笑

暫くして一人暮らしも安定した頃、実家にも定期的に帰るようになったのですが、
その頃になると、今まで一から十まで色んなことを聞いてきた母親が、
一〜三くらいを話しただけで理解を示してくれるようになったのです。

私が良いと思ったのならそれで良い

そう認めてくれるようになりました。

今でも心配をしてはくれているようですが、
元気かの確認がてら、わんちゃんをトリミングに連れて行ったよとか、プリンター新しく買うにはどこのがいいかな?とか、なんてことない会話がたまにあるくらいです。
生活や人間関係への干渉がほとんどなくなりました。

父も、私がたまに実家に帰ると楽しくお話しています。今度帰ったらスターウォーズのお話したいな。なんて、思うくらい。

離れてきちんと生活していることで、両親共に私が大人になったことを認めてくれたのかな…そう感じています。

両親に対して思うこと

私はそんな環境で育ち、今少し反発するように外に出て生活していますが、両親には感謝しています。

大切に育ててもらったということ、
絶対的な味方がいてくれるということ。

学生時代やら仕事やらで弱くなった心ですが、
奥の奥ではその肯定感が支えてくれています。

私の周りにはシングルのご家庭や、家族間に亀裂のあるご家庭もあります。
その中で、家族の和があるだけでも本当に本当に恵まれていると感じています。

それでも、家族という括りのなかでも、
それぞれが別の人だということ。
それぞれが違う考えをもつ人だということ。
それぞれに人生があるということ。

それが関わる中で大切なことだと思います。
個を尊重できる人になりたい。
私がこの家庭に育って一つ感じたテーマです。

家族というもの

家族とは、一般的に"助け合い強い絆で結ばれた生活を共にする存在"というものかな、と思ってます。
でもそれは一般論。むしろ沢山ルートがあるなかのハピエンルート。

違う形でも当たり前に存在するし、
それはお互いの価値観になります。

私も今回書いた過保護だけでなく、もういくつか問題があったりします。
目を瞑ったり、自分が理解というか価値観を受け止めるよう努めたり。

親ってやっぱり頑固なんですよね。
私がどうこうできるような存在じゃない。
人格を形成して家族を作って子供を生み育てたまで経験がある人なんですもん。

ここで柔軟になれる親御さんがいるならば、
それはとても素敵な方々や世界に触れ育った方なのでしょう。

今の時代"毒親"や"DV"というワードが浸透してきているあたり、
前より少しは受け止めてくれる人が多いかな、と思っています。

家族という言葉は強くて素敵で輝きを見せる反面、
強すぎると影ができてしまって、扱いが難しいものだと思います。
縛る強さもそんじょそこらのロープよりはるかに強い。
人によっては手錠や足枷のように感じるかもしれませんね。

今は色んな形で生活をする時代。
"家族""親"が全てではないです。

自分を可愛がって大事に人生歩みたいですね。

❄️小守みふゆ❄️

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