見出し画像

“技術のない選手“という視点から

やっとワクチンの配布が開始され、去年から続くコロナ騒動にも収束の目処が立ってきたでしょうか。
どうも、武術太極拳の三船です。

今回はかなり競技者向けの記事となっております。

スポーツ選手というのはそれぞれの特徴があり、中には技術で戦う技巧派と、フィジカルでゴリ押す肉体派がいます。
これはどのスポーツにも言えることですね。
私は言うまでもなく後者のタイプですが、単に技術がないだけとも言えます。一口に“技術“といってもさまざまですから、今回の記事では“センス““才能“と置き換えてもいいかもしれません。

私にはセンスがありません。
武術太極拳という競技で重要となってくるのは自身の体の動きをコントロールし、力の流れを把握する身体操作能力ですが、これは元々の才能が関わってきます。いわゆる、「運動神経が良い」「悪い」と近しい感覚ですね。
武術太極拳になってくるとこの感覚はかなり専門的で、幼い頃から競技に携わってきた選手ほど精度が高い傾向にあります。

私はもともとなのかこれまでの積み重ねなのか、武術センスはほぼ皆無です。初見の技をコピーするなどの技術は他の選手と比べて圧倒的に劣っていますし、いまだにチーム内でも周りと同じことをしているつもりなのに、自分の動きの違和感をツッコまれることもあります。
うすうす自覚はありましたが、「あっ、自分才能ないんだな」とはっきり気づいたのは自選難度選手になってからでした。
というのも、私のいたチームでは競い合う同世代の選手は非常に少なく、自分のレベルについて思い知らされるという経験が少なかった為です。

地方にありがちな弊害

武術太極拳の競技人口はまだまだ多いとは言えず、主要な競技者は都会に集まっている状況です。(地方の選手達も年々増えてきてはいますが)
そして競技者のレベルも都会と地方では大きな差があると言えます。もちろん日本全国に素晴らしい選手はいますが、他のメジャースポーツと比べると選手層は都会に集約されていると言えるでしょう。

この時、地方の選手達と都会の選手達の間ではっきりと差がついてしまうのが、技術の要である“武術センス“です。この差は彼らが上手な動きとは何かを知っているかどうかに起因しています。

コーチの動きが上手であるというのは地方も都会も同じですが、幼少期から関わることの多いこの競技において、チーム内の「技術を持った先輩」というポジションは極めて重要です。
ジュニア達は基本、自分たちの上の世代の先輩の動きに憧れ、“正しい動き“として認識します。常に動きを追っている人がいると、自分の中の上手い下手いの基準が明確になるのです。こうして“武術センス“というものは磨かれます。

これが競技人口の少ない地方になると、彼らのお手本となるべき先輩がいなかったり、年齢が離れすぎていて自分の指針にならなかったりする場合があります。
そうするともともとのセンスは磨かれないばかりか、自分の技術レベルについていまいちわからないという事例が発生します。

私もそんな地方の選手の一人です。ぶっちゃけるともともとセンスのある人間は地方にいても技術のある選手として大成すると思いますが、私にその才はなく、技術も未熟なままジュニアを終えてしまいました。
ジュニア時代から私は“地方の技術のない選手“の典型だったのです。

まずは“気づき“、そして“考える“ということ

センスも技術もない選手が戦っていく為にはどうしたらいいか。
まずは自身のレベルを正しく認知することです。「おれは下手だ」と意識するのは案外難しく、胆力が要ります。それが本気で取り組んでいるものであれば、尚更です。
しかし、私は自分の長所というのは、短所を正確に把握できて初めて伸ばせるものであると思っています。競技を続ける上で、精神衛生上自尊心は大事ですがある程度の卑屈さも正しい成長のためには必要ではないでしょうか。

そして、これはあらゆるスポーツで言えますが、とにかく自分について考えることです。「なぜ自分は他の人のようにできないのか」「自分の想像していた動きと実際の動きはどう違うのか」「コーチの言っていたことを実践するには何が必要なのか」これらのことをひたすら考え、研究し、自身の弱点とその改善策を練ります。

仕上げに、私のような才能のない人間には、“切り捨てる”という工程が必要になってきます。各々で最低限クリアしなければならない問題を除いた自身の弱点、短所の中で、自分にはあまりにも改善し難い事や改善するのに時間がかかりすぎる事を見極め、きっぱりと諦めるのです。

ネガティブ極まりない考えではありますが、才能のない人間、積み重ねていない人間には短所を減らす上で他人より多くの時間が必要ですし、超えることのできない壁が存在します。
それらにいちいち時間を割いていてはキリがありませんし、そのやり方で私達が勝ち抜くことは大変困難です。(他人よりも多くの練習時間を確保できれば話は別ですが、限度がありますし、その時間を他の努力に費やした方が賢明です)

もちろん、苦手の克服自体を諦めろというわけではありません。練習メニューにおける優先順位の話です。
自分にとって不得手なことばかりをダラダラと続けて自分の成長のなさに嫌気がさすくらいなら、長所に磨きをかけたり他人との違いを生み出すことに集中した方が効率的ですし、現実的です。
「自分にアレができないなら、代わりにコレをがんばろう」という発想ですね。

私の場合で言えば、套路では苦手な動作を極力省き、動作の組み合わせや角度を変え、技術不足の視覚的な補填を行いました。
また、マシントレーニングをとにかくやってフィジカルでの優位性を生み出しました。練習の努力というのは結構カンタンに裏切ってきますが、トレーニングは正しく行えばやればやるだけ結果が出ます。要領も悪く、飲み込みも人より遅い私には筋トレは向いていました。
冒頭で触れましたが、これが私がいわゆる“肉体派”の選手になった経緯です。

以上のような取り組みを繰り返して、私は成長してきました。
そしてコロナの影響で大会やイベントなどの少ない今、日々の練習で後回しにしてきた課題たちと向き合っています。

成長の形は人それぞれですし練習への姿勢もさまざまです。なのでこれが絶対に正しいとは思いませんが、今、何かの壁にぶつかっている皆様に「ああ、こういう考えもアリだな」と思っていただけると幸いでございます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?