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朝顔の観察日記

絶望だ。この世の終わりだ。

もうなにもかも上手くいかない気がする。

隣では担任のしおり先生が、少し困った顔で私の朝顔の鉢を見つめている。


「誰の朝顔が一番最初に咲くかな~?」


しおり先生がみんなにそう言った時、正直私には自信があった。

先生に言われた通り肥料を混ぜ、土を入れ、種を植えた。

毎朝の水やりも忘れずに行った。


それなのに。


クラスの子たちの朝顔がどんどん綺麗な花を咲かせていく中、私の朝顔はまだ蕾すらついていなかった。


なにかやり方を間違ったのか?

いや、そんなはずはない。先生に言われた通り、みんなと同じやり方でやったはず。

どれだけ焦っても、願っても私の朝顔は咲いてくれない。


水やりをさぼりがちだったゆうとくんの朝顔も咲いてしまった。

これでとうとう、花が咲いていないのは私の鉢だけになった。

色とりどりの朝顔が咲いている中、緑の葉っぱだけの私の鉢は居心地が悪そうにみえる。


しおり先生は困った顔のまま言った。

「葉っぱも元気だし、そのうちちゃんと咲きますよ。きっと大丈夫。でも、」

なんで咲かないのかしら、と私を気遣って飲み込んだ言葉の続きが顔に書いてある。

「お構いなく、先生。私は全然気にしていないので。」

そういうことにしておこう。


次の日の朝、朝顔の水やりをしていると後ろから声をかけられた。

「まだ咲いてないんだね。」

一番言われたくないことを、こんな朝から言われるなんて。

「うん。でも、そのうち咲くから大丈夫って先生が言ってた。」

振り返ると、同じクラスのえみちゃんが自分の朝顔に水をやりながらこちらを見ていた。

えみちゃんの朝顔はたくさんの蕾がついていて、今日も花を咲かせようと膨らみはじめている。

「ふーん。」

みんなと同じ時間に水やりをしたくないから、今日は早く学校に来た。

まだ静かな校舎に水やりの音だけが響く。


ほら、こんなに気まずい思いを私がしているのもお前のせいなんだよ。早く花を咲かせてよ。

自分の朝顔に心の中で八つ当たりをしていると、えみちゃんが隣に立った。


「みえるちゃんの朝顔は一番最後に咲くから、みんなのお花が枯れて無くなった後で一番綺麗に咲くんだね。」

えみちゃんはにっこり笑うと、空になったペットボトルじょうろを持って教室へ入っていった。


しおり先生が困った顔で隣にやってきた。

「あら、今日も咲かなかったのね。」

「先生、お構いなく。私は全然気にしていないので。」


緑の葉っぱだけの私の朝顔が今日は少し誇らしげにみえた。

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