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民意をどこで「歪める」か?~2019年イギリス総選挙から見る選挙制度論~

イギリス総選挙の結果


 2019年12月12日、イギリスで総選挙が行われました。
 ジョンソン首相率いる保守党は過半数をとる勝利を収め、労働党は大敗。イギリスがEUから離脱する“Brexit”は確実なものになりました。

 「ふ〜ん,じゃあ大半のイギリス人って今の政権に賛成なんだね」

 いえ、実はそうとも言えないのです。まずは今回の選挙結果を見てみましょう。

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 では、これにそれぞれの政党が得たすべての得票率を合わせるとどうなるでしょうか。

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 じつは大きく違うのです。保守党は43%の得票で56%の議席を獲得できています。
 とくに面白いのが自由民主党です。11%得票して、たった1%の議席しか獲得できていません。

 少し違った観点から見てみます。今回の選挙では、2015年の国民投票以降、今日までずっとてんやわんやしている“Brexit”(イギリスがEUを離脱すること)の賛否が争われました。
 そこで、政党をBrexitへの賛成派と反対派でわけてみました。

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 そう、票と議席でねじれが生まれているのです。
 ジョンソン首相は「Brexitは国民に支持された!」と勝利宣言(1)しましたが、必ずしも国民はジョンソン首相に「賛成」とは言っていない、と見ることもできます。

 以上で見られるような,票と議席の間のねじれを「民意の歪み」と捉え,この「歪み」をどう捉えるべきか,今回の選挙の事例で考えてみます.

 こうした民意の歪みは、イギリスの選挙制度である小選挙区制によって引き起こされます。
 ではなぜ小選挙区制を取ると民意が歪むのか,例を挙げて説明します。

小選挙区制の仕組み

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 小選挙区制では、1つの選挙区から1人しか当選しません。1位は2位に比べて、1票でも多くとれば勝ちなのです。

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 上図のように、1票多くとったAは、この選挙区で勝利しました。すると、B・C・Dに投票した人たちの票は無駄になります。

 他の4つの選挙区でも同様のことが起きたとしましょう。するとA党は、1/4の票で議席を独占することができました。このようにして民意が歪むのです。

 しかし、このように1/4の得票で議席を独占する、というような極端なことはまず起こりません。なぜなら、どうせ1人しか当選しないなら、当選できない人はどんどんと撤退していき、最終的に有力な候補は2人くらいに絞られくるからです。
 さらに、有力と考えられる候補者は、保守党や労働党といった大政党に所属している場合がほとんどなので、保守党や労働党は、得票率以上の議席をとることが多いのです。

 スコットランド国民党は3%の票で7%もの議席をとっています。スコットランド国民党がスコットランドでのみ活動する「地域政党」であり、59の選挙区にだけ候補者をたて、その多くで勝てたことが大きな要因です。

 逆に、小選挙区制の影響をもろに受けているのが自由民主党です。600人以上を立候補させた自由民主党は、全ての票を集めれば11%になりますが、その中で当選できるまで票をとれた候補者は11人だけだったため、票の数が議席に結びつきませんでした。

小選挙区制と比例代表制

では民意を歪める小選挙区制は、選挙制度として「よい」のでしょうか?
 確かに小選挙区制は、民意をそのまま表すことは苦手ですが、民意の移り変わりをはっきりさせることは得意です。今回の選挙では、労働党ではなく保守党がいい!という民意の全体的な動きが議席に反映され、保守党の過半数達成、労働党の大敗という結果になったと読み取れます。

 一方で、世の中の民意を正しく表すことがやはり大事だ、と思う人もいます。実際、イギリスでも、一番票を集めた人ではなく、50%以上の票を得た人にする、という改革案が国民投票にかけられました(なお否決)。
 日本でも、小選挙区制を廃止するべきだ、という主張がみられます。得票に応じて政党の議席を決める比例代表制にしようというのです。比例代表制なら、確かに民意を正確に表すことができているでしょう。しかし民意が「歪まない」ことはあり得るのでしょうか?

 実は,比例代表制の国でも混乱や歪みが生まれます。
 ドイツでは、保守政党といっしょに仕方なく与党となっている社会民主党は、その保守政党への配慮や調整によって、支持者の望む政策を実行できず、支持率が落ちています(2)。
 イスラエルではそもそも2つの大きな政党の間で妥協ができなかったので、来年3月にこの半年で3回目の選挙が行われることになりました(3)。

選挙制度を考える上で大事なこと

 選挙を考える上での大原則を忘れてはいけません。選挙制度というのは、1人ひとり違う民意を、議席という形で単純化するものです。
 つまり極端に言えば、選挙制度とはそもそも民意をいかに「歪める」か、という議論であるとも言えます。

 小選挙区制は民意を「歪める」「正しくうつさない」と言われがちです。確かにイギリスでも、自由民主党は民意を大きく下回る議席しかとれていません。
 しかしそのように簡単に言うことが本当に正しいのか。選挙制度が民意を「歪める」前提のものであることをしっかりと心に留め、考えないといけないのではないでしょうか。

※参考程度に、今回の選挙結果を比例代表制で再計算した結果をここに上げておきます。

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試算:全英をイングランド(533)・スコットランド(59)・ウェールズ(40)・北アイルランド(18)の4つのドント式比例ブロックに分割し計算


【参考資料】
BBC「Election 2019」(https://www.bbc.com/news/election/2019/results)2019年12月15日最終閲覧

【文中注】
(1)朝日新聞「ジョンソン英首相、総選挙で事実上の勝利宣言」(http://www.asahi.com/international/reuters/CRWKBN1YH0CU.html)2019年12月13日
(2)日本経済新聞「ドイツ社民党首選、連立懐疑派が勝利 メルケル政権に打撃」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52834540R01C19A2FF8000/)2019年12月1日
(3)日本経済新聞「イスラエル、来春再び総選挙へ 首相候補の擁立断念」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53249250S9A211C1000000/)2019年12月12日

#英国総選挙 #EU離脱 #ブレクジット #イギリス #選挙結果

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