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vol.6 視点の違い

4月に入った

震災の影響で東北地方の百貨店が営業出来ず、同時に私達の会社も展示会やイベントが無くなり、仕事が激減していた。
そんな中、都心に近い百貨店で一社で行う大掛かりなホテル展示会は継続される事となった。
この頃、計画停電は無くなったものの節電対策は続いており、街中には変わらず陰鬱なムードが漂っていた。
私はこの開催から沖縄で思いついたことを実行しようと決めていた。
沖縄でのイベント最終日に、予め社長とその百貨店の担当者に要望をする為の連絡を入れた時、両者ともその提案自体を否定することはなかったが、表現に困ったような返事を寄越した。
けれども執拗に私が懇願する為、最終的にはその提案を了承してくれたのだった。
帰京した私はこの展示会に向けいつも以上に念入りに準備をし、取り憑かれたように集客の電話を掛けまくった。
私には、この展示会を成功させることで更に到達したい目的が生まれたからだ。
この百貨店の担当をしていた営業スタッフにもしつこいほどにチェックを入れ、予約数の目標値まで一緒に数字を追いかけてもらった。
その結果、これまでにない集客数となったのだった…


展示会前日

会場で設営準備をしていると突然、社長が現れた。副社長と何やら話している。
この開催に社長が来ると思っていなかった私は目をキョトンとさせ、二人の様子を遠目から眺めていた。
すると、副社長がこちらを見て手招きをする。
私は首を傾げながら二人の元へと近寄った。

「設営は○○くんに任せて、部長ちょっといい?」

今度は社長が出口に向かって歩き始め、私を誘導するようにそう言った。
会場の外へと移動する社長と副社長の背中を横目に私は駆け足で会場内へ戻り、担当の営業スタッフにその旨を伝え、二人の後を追った。
ホテルのエレベーターに乗り込んだ三人。
社長も副社長も一言も声を発さない。
いつもと違う二人の雰囲気に、エレベーター内の酸素が吸い取られているような息苦しさを感じた。

行先は、一つ上の階に借りていた社員の休憩室用の部屋だった。
部屋に入ると、社長がゆっくりと備え付けのベッドの上に腰を下ろし、

「二人とも座って…」

そう言った。
その言葉を聞いた副社長がベッドの前に椅子を2席持って来てくれ、三人は三角形になるような形で向かい合った。

「展示会前に悪いとは思ったんだけどね。副社長は把握しているけど、部長にも知っといてもらおうと思ってね」

数秒の沈黙の後、社長が絞り出すように口を開いた。ただ事ではない様子に、私の心臓は小刻みに震え始めた。

「震災の影響でさ、仕事が減ったでしょ?で、ここ数週間、ほとんどの店舗が売上が上がらなかったじゃない?会社の方では、万一に備えて余力はあったんだけど、マイナスがその余力を大幅に超えてしまったんだよ。その分の資金を調達しようと動いていたんだけど、銀行もフリーズしちゃってて時間がかかりそうなんだ。で、自分の金やらなんやらで金策に走り回ってるんだけど、俺だけの力じゃどうしようもなくなってしまってさ。この展示会、予算行けそう?」

足元を見ながら話していた社長がふとこちらを見た。その様子ばかりが気になっていた私は、自分に問い掛けられたことだと言うことに気付くのが遅れ、何の反応も示さなかった。

「この展示会落としたら、資金がショートしてしまうんだ。会社潰れるかもしれない…それくらいやばい状況なんだ…本来なら資金繰りは俺の仕事だから部長にこんな話しすることじゃないんだけど、売上が上がらないと資金が回らない状態なんだよ。ごめん。こんなカツカツな話しして…」

〝部長〟と言うフレーズで身体がピクリと反応し、私は逸らしがちにしていた視線を恐る恐る社長の方へと向けた。
社長は両手で顳顬の辺りを触りながら苦しそうにしている。いつも冷静で顔色一つ変えない社長の苦渋に満ちた表情を初めて見た。
ズキンッと音がし、心臓にナイフが突き刺さったような痛みを感じた私は、右手の手の平を左胸に押し当て無心に摩った。
自分に話しかけられているのにも関わらず、言葉を発することが出来なくなったかのような私の口は、その様子を窺うばかりで意思と反して全く動こうとしない。

答えない私に痺れを切らしたのか、

「準備はしっかり出来ているから大丈夫だよね?」

副社長が目配せをしてそう言った。
答えなければならないと頭では分かっているのに言葉が出て来ない。

「は…い…」

促されるようにこの二文字だけが、呼吸と一緒に外へと押し出された。
会社が生きるか死ぬかの瀬戸際の話しをしているのに、何と頼りない返事だろう…
それ以上話そうとしない私にもどかしさを感じたのか、

「副社長が一気に西の仕事を取って来てくれたから軌道修正は出来る手筈は整ったから…この開催さえ目標値に行ってくれれば何とか乗り切れるんだ。副社長が仕事取って来てくれなかったら本当ヤバかったよ。ただ、ここを落としたら金が回らない。どうにかなりそうかな?」

分かりやすく説明をしようとしたのか、言葉を変えてもう一度私に話し掛けた社長。
今度こそ応えなくてはならない場面だ。
しかし、頭では分かっているのにどうしても口が開かない。
私の脳はフリーズしたのか、そこには真っ白な世界が広がっているだけだった。

「元々、依頼されていたのをお断りしていただけですから…うちの人数だと回りきれなかったんで新規の店舗は徐々に広げていく予定で動いていたんですが、ちょっと東に偏ってましたので今回の件で全国展開に切り替えて対策立ててますんで安心してください。この開催もかなり準備してるから大丈夫です。これまでにない予約数も取れてますんで…」

副社長が問われた答えを代弁し、淀んだ空気を掻き消すように淡々と話し始めた。
私に焦点を当て話しを進めていたはずの会話は、今の現状や今後の具体的な動き、対策など二人の対談へとスライドして行った。
そのやり取りを聞きながら、真っ白だった私の頭の中では会社に入社してからの出来事がグルグルと回転をし始めていた。


会社がまだ小さかった頃、社長も副社長も近くにいて一つの商品が売れるだけでも喜び合った。
あの頃の私達は、会社を大きくすると言う同じ目的を持っていた為、一つ一つの物語に共感することが出来たのだ。
それなのに、会社が成長にするに連れ社長は私に直接的な指示を出さなくなった。
毎月、毎月、『頼むよ!』そんな簡単な言葉で目標値だけが副社長から伝えられる。
私の肩には莫大な数字がどっかりと乗っかり、自分ばかりが大変な仕事を押し付けられているような感覚に陥った。
売上を作れないスタッフに煩わしさを感じ、手を焼く時間を疎ましく思いながら過ごしてきた。
少ない人数で切り盛りしていた時には感じなかった感情だ。
そう言えば、社長からこんなことを言われたことがあった。

「部長はさぁ、お客さんのことだけはしっかり見てるよね。何故それを社員に出来ないの?」

と…
私はその時、言っている意味が全く分からずそう言った社長に、
〝どれだけスタッフに時間取られてると思ってんだろ?〟
などと憤り、素っ気ない態度を取ったのだった。
様々な場面が思い出されたが、ここ数年、心が弾むようなどの場面にも目の前の二人は出て来ない。それどころが悪印象の時にだけ、二人の姿が現れた。

いつから二人のことをこんな風に思うようになったんだろう…

漠然と浮かんできた自分自身に対する疑問だった。その瞬間、急速で回り続けていた映像がぴたりと止み、そのことだけが頭の中を支配した。
するとコンマ何秒かの遅れで、頭を叩かれた感覚と共に心臓が跳ね上がり、私は強い衝撃に襲われた。
自分の鼓動が耳元で聞こえる…
回想から抜け出し現状へと戻って来たようだ。
目には二人の男のシルエットが映った。
ぼんやりとしていたものがだんだんと色濃くなり、私はそれを焼き付けるかの如くまじまじと見つめた。


売上と言う数字を追いかけ、それに対する計画や準備に追われる日々。
会社が大きくなればなるほどその量が増し、それと同時に増えていく人。
自分一人が数字を追いかけ、自分だけでそれを乗り越えようと足掻いていた。
頼るのは売上を作れる販売力を備えた販売スタッフで、大切に大事に思うのはお客様だけだった。
私の中で、増えていくスタッフは両腕両足にぶら下がっていく重石でしかなかったのだ…
こんな苦境を自分にもたらしてくる社長と副社長に抱いていた忌避感。

独りよがり?

導かれるように降りてきた答えだった。
会社が成長するにつれ、変化が起こるのは当然のことだ。それなのに、私は周りのことは置き去りになんの進化も遂げず一人で走っていた。
ここに来てやっと、これまでの社長や副社長の言動や私に対する態度が自ずと理解出来た。
だからこそ生まれていた温度差。
会社自体が無くなるかもしれないと言う、これほどの危機が訪れて気付くなんて…
自分の愚かさが情けなかった。

私は森の中にいて木しか見ていなかった。
二人は、森全体を見ていたと言うのに…


ここで役に立たないんじゃ全く意味ないじゃん…

冷静にそう思った。
そして、社長の方へ向き直った。

「社長、大丈夫です。この開催はいつも以上に綿密に計画して動いています。必ず、予算は行かせますのでご安心ください」

今度は口が勝手に動いていた。
元々、会話の流れで応えられたはずの言葉。
けれども、この言葉の中にはカッコつけもプライドも含まれてはいなかった。
〝この会社を守りたい〟その一心だった。


突然、割って入った声のようだか、二人はそれを待っていたかのように自然に受け止めた。
そして、

「部長がそう言ってくれると心強いよ。頼むね」

と、社長が安堵の表情を浮かべ照れ臭そうに微笑んだ。
この瞬間、三人の視線が絡み合った。
二人の目は、同じ目的に向かって進んでいた頃の眼差しに戻っていた。
いや、違う…
目的からずれ、その先を見失っていたのは私の方だったのだ。

私はここで漸く、部長と言う役割がなんなのかを考えるようになったのだった。


展示会当日

この開催店舗の担当営業スタッフを呼んでこう言った。
私と同じ歳だか宝石店のマネージャーをしていた経歴があり、少し斜に構えた様子に近より難さを感じているスタッフだった。

「○○くんも今の現状を分かっていると思うから敢えて言わせてもらうけど、今回の展示会は絶対数字落とせないのね。それで考えたんだけど、売り逃しを防ぐ為にも全体の管理は○○くんに任せて私は全て販売員さんのフォローにまわろうと思うんだけどどう思う?」


今思うと偉そうなこの言い方もどうかと恥ずかしく思うが、真実を書かない訳にもいかない。
自分が変わろうと思った翌日の出来事で、これでも相手に伝える内容と行動は自分なりに考えたつもりだったのだから…


すると、営業スタッフ。

「えっ⁉︎僕がですか?」

一瞬、驚いた様子を見せ、

「でも、僕が手が空いてない時に部長も手が空いてなかったら会場内がパニックになりませんか?」

と、眉毛を八の字にしながらそう言った。

「だよね。○○くんは顧客様の顔が分かるし、自分でも接客出来るから二人とも手が空かない可能性も出てくるよね。じゃ、その時は副社長に全体の管理をお願いしてから接客に入るって言うのはどう?」

私が尋ねると、

「なるほど…それだったら大丈夫です。いつも部長がやってるように受付から顧客様を誘導して、自分が接客に入る場合は副社長に予め引き継げは良いんですね?要は、いつもの部長の役割を僕がやって、部長が手が空かなくなりそうな時に僕に連絡してたのを副社長にお願いすれば良いってことですよね?」

と、確かめるように同じ台詞を繰り返したスタッフ。苦手だと思っていた彼が、日頃の私の行動をしっかり見てくれていたことが内心嬉しかった。
その気持ちを悟られないように気をつけ、

「そう、そう。今回の開催は私と○○くんがタッグを組んで絶対成功させようね!副社長には無茶振りして連携してもらうってことで…」

そう私が答えると、
プロレス好きな彼はなんだか少し嬉しそうな表情を見せ、

「分っかりましたー。頑張りましょう!」

と言いながら、受付に歩いて行った。
言い訳のようだが、私だって部下がどんな趣味を持っていてどんなことが好きなのか興味がなかった訳ではなかった。
その後、副社長にも同じ事を話した。
各々が役割を明確に把握したところで、開店時間となった。

朝一の顧客様の来場だ。
私も顔が分かるお客様だか、お出迎えは打ち合わせ通り営業スタッフが行った。
いつもの自分の居場所には営業スタッフの姿が見える。途中、不慣れな場面でまごつくこともあったがそこは影ながら援護した。
私はと言うと、敢えて買い上げが難しそうなお客様や販売力が乏しい販売スタッフの接客に一緒に入った。理由は、売上の底上げはここからしか生まれないからだ。
慣れてきたところで顧客様への対応は全て営業スタッフに任せ、そのフォローを副社長にお願いした。
いつの間にか買い上げが決まる度、私と彼は通りすがりにガッツポーズのような合図で視線を送り合った。
すると副社長が、

「あそこ、フォロー行った方がいいんじゃない?」

と、雲行きの怪しい雰囲気を醸し出している接客中の販売スタッフを指差した。

「あ、あのお客様、僕分かりますんで僕が行って来ます!」

と、営業スタッフが即座に飛んで行った。
そのうち私達には結束力が芽生え、目的地に向かって共に全力で走っていたのだった。
その喜ばしい光景を見てふと思った。

まだ森を見渡す目は持てずとも、私は目の前にあった木をよじ登り、その木の上から周りを見ることが出来たのだろうか…と。


〜続く〜

百貨店を舞台に、出逢えたお客様に販売を通して教えてもらった数々の〝気づき〟による自身の成長記録と、歳を重ねた方々の生き方を綴っています。出会った順で更新していますので、私自身が少しずつ成長していく変化を楽しみながら百貨店の魅力も感じて頂けたら幸いです。 日曜日に更新します!