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vol.2 楽しみかた

百貨店の折り込みチラシに商品掲載をした時のこと。その方は展示会初日のお昼少し過ぎたくらいにお越しになった。

「この商品はまだありますか?」

慌てた感じで駆け込んで来たお客様。

「こちらでございます」

と商品をトレーに載せ、目の前に提示した。

「良かったわ。売れていなくて本当に良かった」

お客様は上がった息を落ち着けながら、嬉しそうにそう言った。
広告掲載品は398,000円。
自身の接客力で宝石を販売して来た私は、こんな高価なものが折り込みチラシを見ただけでそんなに簡単に売れようもないと内心思っており、お客様の反応を見て写真と実物の印象が相違なくてなりよりなどと、呑気に構えていた。
その商品は作家物の指輪で、様々な宝石を使った個性的で且つ、幻想的なデザインだった。
私が指輪をお客様の指にはめると、お客様は天を仰ぐように手を空中に浮かせ、眩しげにそれを眺めた。

「サイズもぴったり。まるで、シンデレラの靴のようですね」

私はそう言い、デザインのコンセプトを伝えた。お客様は終始溢れそうな笑顔で、自分の指にはめた指輪を見ながら話しを聞いている。
そして、

「こちらをいただいてもよろしいでしょうか?」

と、言った。

ん? 今、何と仰っいました?

あまりの丁寧な言葉遣いと、締結をしていない中での決定、そして、決定までの時間の短さに一瞬、言葉に詰まった。
購入までに要した時間は、僅か15分程度。

「あ…ありがとうございます」

私の宝石販売の経験の中で、片手で指折り数えるほどしかない〝求め買い〟での購入だった。
お客様が、

「着けて帰ってもよろしいでしょうか?」

と言ったので、

「勿論、結構でございます」

と、いつもよりも丁寧な言葉を返してしまった。買い物が済むと、お客様はその指輪を大切な誰かと一緒にいるように見つめ、

「ありがとう、本当にありがとう」

と言いながら、帰っていった。
見送る背中を見ながら私は、お客様のありがとうの言葉が、何故だか私達とそれ以外にも向けた言葉であったような気になった。

会社では、出店する機会が増えるに連れ、購入者へダイレクトメールで案内をするようになった。
初めは案内文だけだったが、そのうち、展示会に合わせた商品やサービス品の掲載などと中身も考えるようにもなり、本来のダイレクトメールの趣旨を駆使できるようにもなってきた。

ある時、作家フェアを打ち出した展示会で、そのお客様は再び来店された。
前回と同じくらいの時間だった。
お客様は来店早々、ダイレクトメールをハンドバッグから取り出した。
ダイレクトメールはハンカチに包まれており、進物を出すようにそれを私に渡してくれた。そして掲載してある写真の商品を指差し、

「こちらを見せていただきたいのですが…」

と、言った。

またまた求め買い?

心が小躍りするのを感じたが、〝調子に乗るな!!〟と自分を戒め、商品を出した。

「綺麗ですねー。綺麗だわー」

指輪をはめると、前回と同じように手を空中にかざして、お客様は、何度も同じ言葉を繰り返した。

こんなに宝石が好きな方が世の中にはいるんだなぁ…

そんな風に思わせてくれる方だった。
その方は長くてスラっとした指をしており、爪にはいつもマニキュアを綺麗に塗っていた。左手の薬指にしか指輪をはめない方だったが、たまたまではあったのだろうが、お客様が気に入るどの指輪もサイズがぴったりだった。

「あまりに綺麗にお着けいただけるので、なんだかお客様の為にお作りになったような気になりますね」

と私が言うと、

「本当に素敵でサイズもぴったり。なんだか私に持って帰りなさいって言われているようですね。こちらいただいて帰ってもよろしいかしら?」

再び、求め買い。
私は前回お会いしているにも関わらず、お客様と初めて〝会話〟を交わしたような気がした。この時の購入までの時間も、僅か15分程度だった。
あまりの速さに有り難い反面、もう少しお客様のことを知りたいと思った私は、購入していただいた後に、デザインの説明をし作家のプロフィールを話した。
するとお客様は、作家のプロフィールに関心を示し、楽しそうに耳を傾けてくれた。私の得意な一人舞台の始まりだ。
結局、お客様はその日、購入後1時間くらいその場で寛いでいた。

「楽しかったわ。こんなにたくさんお話ししたの久しぶり!あっ、もうこんな時間。帰らなくては…」

お客様は時計を見ると、慌てて席を立った。そして、

「また来てもよろしいでしょうか?」

と、窺うように私を見た。

「勿論です。お会い出来るのを楽しみにしています」

今度は、いつもの私の言葉で答えた。お客様は、今にもスキップをしそうな感じで会場を後にした。

この日から、写真掲載商品を目的として来店していたお客様は、遊びに来るのが目的に変わっていった。
私達は、他の顧客様と同じように、お客様が気に入ってくれそうな商品を準備し提案するようになった。
しかし、お客様には自分で決めた予算があるようだった。こちらが提案する商品がどんなに素晴らしいものであっても、自分の予算以上の物に心を踊らせることはなかった。様々な商品を提案してみたが、50万を超えるとお客様の表情が変わり、頑なに心を閉ざす。
二、三度挑戦してみたが、あんなに宝石を嬉しそうに着けるお客様の笑顔が、予算外である商品になると曇るのだ。
私達は知恵を付け、そのうち、ボーダーラインを超えない商品を提案するようになっていった。

会話を交わせるようになって分かったことは、お客様がいつもお昼過ぎた頃に来店されるのは、家に病人を抱えているからのようだった。なので、あまりのんびりもして居られないのだと言うことも。

「◯◯様のご主人様は素敵な方なんでしょうね」 

ある時、私はいつもの雑談時に、不意に思っていたことを口にした。
お客様は、

「主人はね、昔の人にしては背が高くて、人混みなんかでは一目瞭然で何処にいるか分かってしまうんです。私なんかはいつも見上げてばかりで…」

嬉しそうに話すお客様。

「何cmなんですか?」

私が尋ねると、

「183cm」

「それはお高いですねー。オモテになったんじゃないですか?だから、◯◯様のような素敵な奥様のハートを射止めることが出来たんですね。美男美女カップル。お目立ちになったでしょうねー。と言うか、今でもお目立ちになるでしょう。恋愛結婚ですか?」

身長を答えたお客様へ、更に質問をする私。

「昔にしては珍しいと言われるんですけど、恋愛結婚なんです」

お客様は、恥ずかしそうにそう答え、

「主人とは幼馴染で、私の初恋の人」

と、言った。

「えー⁈凄いじゃないですかー。初恋の方と結婚って、なんてロマンティック!」

私は、女子同士が恋愛話しをしているように興奮した。
〝それで、それで?〟と言わんばかりに、目を輝かせながら次の言葉を待っていると、

「主人はね、陸軍に入っておりましたの。そして、戦争が始まったでしょう。戦争に行くって決まった時に一度、家に戻って来る日がありまして。だから私、その時に結婚してもらえるように周りを固めておいたんです。私の両親は初めは反対しておりましたが、私は一歩も引きませんでした。
それよりも、主人が納得してくれるかどうかの方が不安で。自分の妹のように可愛がっていた近所の幼な子が結婚相手になることをどう思うか…ずいぶん歳も離れておりましたし」

だんだんと仕事中だと言うことを忘れて、話しにのめり込んでいた。
〝早く、早く〟と急かしたくなる気持ちを抑え、話しの続きを待った。

「主人はね、結婚相手が私って分かった時に…」

分かった時に⁈

「何も言わずに頷いただけだったんです。もともと口数の少ない人ですけど、何か一言くらい言っても良いものですよね。それで、私は晴れて妻の座につくことが出来たのです」

話しに夢中な私は、更に質問を続ける。

「本当はご主人様も◯◯様をお慕いしておられたんじゃないんですか?
照れですよ、照れ。ウフフ(笑)
ご主人様とはお幾つ違いなんですか?」

「8つなんです」

答えたお客様に、

「◯◯様が60歳だとすると、ご主人様は68歳ですか?」

私が言うと、

「何仰ってるの?それじゃ、戦争を経験していませんよ(笑)私が73歳だから、主人は81歳」

73歳なんだ…

こうやって、お客様の歳を聞くのは私の常套手段だ。が、この時の私は、お客様の歳を聞く為に話しを聞いていた訳でもなかった。

「絶対、美男美女カップルですよね。写真ないんですか?」

唐突に、そんなことを言い出す私。

「あるけど、そんなの見たって…」

お客様は、はにかんだ笑顔でそう言った。

「見たい、見たい!是非、今度お持ちいただけませんか?」

調子に乗ってお願いする私に、

「分かりました」

と、言ってくれた。
ちょうど話しが落ち着いたくらいにいつものお帰りの時間になった。
お客様は、いつも同じ曜日、そして同じ時間に来られ、決まった時間で帰って行くのだ。

「楽しみにお待ちしてます!」

私がニヤニヤ笑いながら言うと、恥ずかしそうに手を振りながら帰っていった。

次の開催で、お客様は約束どおり写真を持って遊びに来てくれた。
お約束は商売のチャンス。
私は、お客様のお気に入りの作家が作った誕生石のペリドットの指輪を提案しようと準備をしていた。
一目見たお客様は、

「私は、誕生石のペリドットとルビーだけは自分で買わないことに決めておりましたの。でも、このデザインなら全く違う物として受け入れることが出来そうです」

そう言って、指輪を購入してくれた。

なぜ、ルビーはダメなんだろう…
お嫌いなのかな?

そう思ったが、敢えて聞かずにいた。
せっかく楽しんでいただいている最中に、自分の利益ばかりに貪欲になるとろくなことにならない。
今日は、買わないと決めておられたペリドットを、お買い上げ頂けただけで十分だ。

買い物の後、写真を見せてもらった。
そこには凛々しく軍服を着た高身長のご主人と、輝くような笑顔で佇む、若かりし頃のお客様が写っていた。
想像通りの美男美女カップルだ。

「素敵!素敵です。本当に美男美女。さぞかしお目立ちになられましたでしょう。◯◯様は、今と変わらずお美しいですね。ご主人様の軍服姿も凛々しいです。ご主人様も今も素敵なんでしょう?」

興奮気味に私が言うと、

「そんな風に言ってもらえて嬉しいですけど、私は随分とおばあちゃんになって、恥ずかしいです。主人は歳はとりましたが、歳なりにかっこいいかもしれませんね。
見た目は…」

と、言って少し目を伏せ、

「この制服は海軍のものなんです。主人は、陸軍から海軍に移動になった珍しい経験をした人なんですよ」

と、話題を変えた。

今、何で目を伏せたんだろう?

〝陸軍から海軍に?そんなこともあるのか…〟などと思って話を聞いてはいたが、私は、話題を変えたことと、お客様の表情が方が気になった。

「今度、ご主人様もご一緒に遊びにいらしてください!お会いしたいです」

お客様によっては、ご主人に内緒で宝石を買われる方もいる。
いや、ほとんどの奥様方がそうかもしれない。しかし、これまでの話しの中で、お客様とご主人の関係性は、お買い物を秘密にしているように見えなかった。
お客様の一瞬曇った表情の真意が知りたくて、直観的に出た言葉だった。
するとお客様は、堰を切ったように話し始めた。

これまで話すことのなかった、話さずにいてもよかったであろう事実を…


思いもよらなかったお客様の現実を知り、
私はこれまでのお客様の行動の全てを理解することとなった。

お客様が何故、宝石を買いに来たのか?
お客様が何故、予算以上の楽しみを受け入れないのか?
お客様が何故、早く帰らなければならなかったのかを…

〜次回へ続く〜

百貨店を舞台に、出逢えたお客様に販売を通して教えてもらった数々の〝気づき〟による自身の成長記録と、歳を重ねた方々の生き方を綴っています。出会った順で更新していますので、私自身が少しずつ成長していく変化を楽しみながら百貨店の魅力も感じて頂けたら幸いです。 日曜日に更新します!