とやまの見え方・マン・レイのメトロノーム、富山県美術館と高岡市美術館

2023年7月10日投稿

 いつもの書店で美術書のコーナーを見ていたら、平積みになっている1冊の美術書に目が止まりました。表紙の写真が、見慣れた芸術作品だったのです。

  その写真というのは、シュールレアリストとされるアメリカの芸術家マン・レイ(1890-1976)の、メトロノームを題材とした作品の写真です。それは、世の中にありふれている三角錐(四角錘?)の、音楽の演奏の時に、針がカチ、カチと左右にふれて拍子を刻むメトロノームで、前面で右に傾いて静止している針に、写真―それは人間の片眼の写真で、楕円形に切り抜いたもの―を張り付けた作品です。ただそれだけ…と言っちゃえば、それだけのものです。

《破壊されざるオブジェ》1923/75年 メトロノーム、写真11.5×11.5×22.2cm  東京富士美術館   © MAN RAY 2015 TRUST /ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 G2928

 写真なのに、「針が」静止しているとどうして判断できるのか?と、疑いをお持ちかもしれませんが、その作品は、当時の富山県立近代美術館(現在は富山県美術館として移転した)の2階に、常設展示されていたので、行くたびに、静止している姿を見ていたからです。
 というか、目玉の写真を針に張り付けただけのなんら変哲のないメトロノームが、美術館の中で、ピカソやミロなどと並んで、「芸術作品」として陳列されていれば、誰だって、なんだこりゃ?と、小首を傾げずにいられない奇妙な印象が、いつまでも尾を引くにきまっています。

 そんなことで私も首を捻っていたのだけれど、なんども美術館に通ううちに、慣らされたというか、気にしなくなったというか、きっと深遠な意味があるのだろうと、一人勝手に解釈し始めるしまつです(作品の謂れは、この図録に記載されているけれど、今は省きます)。

 で、その作品が、件の美術書の表紙に、ドカーンと載っているのです。
 この美術書は、千葉県で開催されたマン・レイの展覧会の図録だったのですが、展覧会会場での頒布だけにとどまらず、その後に書店の店頭に並ぶことはよくあって、本書もその類でしょう。

 そして、表紙の写真のメトロノームは、富山の美術館から貸し出しされたものと見当をつけ、巻末の出品リストに富山県美術館の名前を探したというわけです。ところが、これは、東京富士美術館の所有とあります、富山じゃなかった。

 どうやら、メトロノームは、複数個あるらしいのです。子供の夏休みの自由工作みたいな簡便な作りなので、複数の作品が量産されても不思議ではないと、一人で納得しました。

 図録の解説によると

 マン・レイのオブジェの中でも特によく知られ、約50年に渡りドラマチックな変遷のあった「メトロノームに瞳を取り付けた」このオブジェは、〈破壊されるべきオブジェ〉(1923年)〈失われたオブジェ〉(1945年)〈破壊されざるオブジェ〉(1958年)〈永遠のモティーフ〉(1970-71年)と少なくとも四つのタイトルを変遷する

 とまあ、こういうことがあって、解説によれば200個以上が製作されたらしく、「富山を見つけた!」とばかりに勇んで大枚はたいて美術書を購入したのに、ガッカリした気分で眺めていました。

 ところが…眺める内に、思いもかけず”高岡市美術館”に所蔵という作品が出てきました。富山県内には、富山県美術館のほかにもマン・レイの作品を収蔵している美術館があるということなのです。

 その昨品というのは、次の3点です。
「イジドール・デュカスの謎」(布に包まれたオブジェ)、
「チェス・セット」(チェス・セット、木製箱)、
「自由な手/セルフ・ポートレイト」(ブロンズ、木製パネル)

 意外な発見です。どうせこれもきっと人を喰ったような作品だろうなぁとは思うものの、”転んでもただでは起きない不屈の精神で…”と闘志を燃やし、これに懲りずに見てこようと思っております。
 ちなみに、富山県美術館のメトロノームの作品名は「不滅のオブジェ」だそうです。

(引用参考文献)
『マン・レイのオブジェ 日々是好物―いとしきものたち』求龍堂 2022年10月刊

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